志水辰夫著  『生きいそぎ』

                  2014-08-25

(作品は、志水辰夫著 『生きいそぎ』   集英社による。)

                    

 初出誌「小説すばる」
    「人形の家」    1998年9月号
     「五十回忌」   1999年11月号
     「こういう話」  2000年9月号
     「みつせみなれば」2000年11月号
     「燐火」     1997年5月号
     「逃げ水」    1996年11月号
     「曼珠沙華」   2001年11月号
     「赤い記憶」   1999年3月号
 本書 2003年(平成15年)2月刊行。

 志水辰夫:(本書より)
 
 1936年12月、高知県生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに転身。81年、長編冒険小説「飢えて狼」で作家デビュー。86年、「背いて故郷」で第39回日本推理作家協会賞、第4回日本冒険小説協会大賞を受賞。「きのうの空」で第14回柴田錬三郎賞を受賞。「裂けて海峡」「あっちが上海」「こっちは渤海」「行きずりの街」「滅びし者へ」など著書多数。 

主な登場人物:

<人形の家> 妻は20年前に出奔、女びながなくなっていることの謎。

石川信倖(わたし)
妻 郁子

20年前妻が家を出奔、玄関の女びなの人形がなくなっていた。どういう意味あいがあったのか?
橋本益美 長年一緒の部署、秘書的な役柄の女性。
<五十回忌> 姉の50回忌に昔の情景を再現、姉が現れた。
(わたし) 40年のサラリーマン生活に終止符、実家の兄の家に集まる。そこで雷雨にあい、鈴と共に姉の死の当時を思い出す。
妹鈴の発議で姉の50回忌を行うことに。
<こういう話> 公職選挙法違反逃れで姿を消している間に会社社長解任される。

柳川信輔
妻 霞

建設会社の社長。公共事業に便宜を図れる市長選に選挙運動の統括責任者として活動、違反逃れに神山幸恵の田舎に姿を隠す。
<うつせみなれば> 妻との間に横たわっていた弟の祐二との間のこと。

藤井薫(わたし)
妻 暁子

会社を去ったその日に妻から家を出ると宣告され、私が家を出る。娘の計画で2泊3日の北海道旅行で妻と16ヶ月ぶりに再会することに・・・。
<燐火> 湯治場から山歩きで見かけた廃墟でのおヨシ婆さんとの交わりで経験したこと。
わたし 自分の再出発を兼ねて山歩き。男が掘ったという自家用の温泉を探す。湯治場でしつこく付きまとう婆さんにまとわりつかれながら狐火を見る。
<逃げ水> 瀬戸内海の廃れた島萩島に人を訪ねて経験したこと。
わたし 萩島になにをしに来たかわからなくなってしまう。あの野生化した山羊の目つきが・・・。
<曼珠沙華> 母の孝子が密かに産んだどいう樋山善行という人物が現れ、父と母の知られざる謎が甦る。

わたし
妻 康子

JAを退職して帰郷、昔は立派な商家“井筒屋”の屋敷を維持しながら過ごしている。
母親の孝子は井筒屋の跡取り娘。父親は婿。

<赤い記憶> 母親の焼死のこと、子供の頃の行為の記憶と自分のぼけでもうろうとしてきて悲劇が。

わたし
妻 春子

定年退職して2年、末っ子の祥司が突然家に戻ってくる。ボケが始まっているよう。母親の死について子供に話し・・・。

作品の概要:

歳月は故郷の風景を一変させ、記憶も風化させつつあった。だが、私と妹は今もあの日のことが…。遠い日の記憶が切なくも哀しくもある人生の黄昏。人生の秋を迎えた人それぞれの心情を叙情豊かに描く珠玉の短篇集。

読後感:

 若い頃ならおそらく手にしなかった本。でも次に読みたい本が手に入っているのに、その前に読んでしまいたくなった作品である。

 第二の人生を迎えた主人公の物語、さすがに身に迫る話に感慨深いものがある。
 短編集ではあるが、どれも山の中の静けさと寂しさを味わったり、昔の様子を懐古したり、しみじみとした想い出に浸り“生”のことに思い至る時間を持てた。

 なかでも「人形の家」と「五十回忌」が印象深い。そしてラストの「赤い記憶」が。
「人形の家」は妻が家を出るときに持ち去った女びなが思いがけないところで見出し、妻の死を知る情景はショック。
 作中、日が沈みかける山の中、誰もいないし〜んと静まりかえるところでひとりをいる時の気持ちを想像しただけで言葉に言い表せない寂寥感を感じて身震いしたくなった。

「五十回忌」はこれまた自分が小学生の時兄と共に夏休み田舎に行ったときの、ため池での釣りの想い出が重なり、そこに雷雨があったりしたらまったく同じ状況が起こりうることにショック。

「赤い記憶」では歳を取ると痴呆が入ってくることは避けられない。直接痴呆とは表現されていないが、妻や子供たちが気遣う様が伝わってくる描写で切実。

 どの作品も、舞台が色んな事を思い出させるような都会でない片田舎でのことがいっそう懐かしさを感じさせてくれる。
 人生の秋を迎えた人それぞれの心情を叙情豊かに描く珠玉の短篇集とはよく言ったもの。

印象に残る表現:
 
◇(妻の)郁子がわたしに放った言葉<人形の家> 

「わたしはなにもかたちのあるものが欲しいといっているんじゃありません。生活のレベルなどどうでもいいんです。それよりわたしの話を聞いてもらいたいの。わたしが感じたこと、おどろいたこと、あきれたこと、そういうことに耳を傾けて最後まで聞いてくれる人が欲しいんです。そういうつながりの持てる人が欲しいのよ」

余談:
 
 読書って読むときの年代、気分によって受ける印象が変わるものだということを改めて感じさせられる。だからこうして自分の回顧録のように自分のライフワークとして記録に残し、読み返してみて当時の感じたこと、中味が思い出されるように残しておきたいと思っている。ということで最近は覚え書きノートにメモする量が増え、時間がかかるようになってきている。ボールペンも替え芯方式でないと資源の無駄が・・・と思ってしまったり。
背景画は、<人形の家>に出てくる草木染めのテーブルクロスをベースにイメージして。