重松清著 『熱球』

 

              2008-11-25











(作品は、重松清著 『熱球』  徳間書房による。)

                
  
 

 初出「問題小説」2000年11月号から2002年1月号まで八回掲載を、大幅加筆訂正。
 2002年(平成14年)3月刊行。


重松清:

 1963年岡山県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。出版社勤務を経て執筆活動にはいる。

  

主な登場人物:


清水洋司
(ヨージ)

 38歳、東京の出版社勤務であったが、妻の和美が渡米したとき退社、故郷の周防市に帰郷。シュウコウの野球部時代の友達と関係を持つようになる。野球部ではエースピッチャーで、後一勝で甲子園行きの奇跡が待っていたが。母親がつい最近亡くなり、二世帯住宅に父親一人暮らしているのも気になっている。
清水美奈子  母親の渡米に伴い、新学期の始まる9月に渡米を予定されていたが、父親が帰郷する方に一緒に付いてくる。新しい学校に転入した小学5年生。自己主張強く、生意気で口達者、こまっしゃくれているが幼さも残る。苛めにあい、恭子とクラス違いの甲太に助けられる。
清水和美  妻、私立の女子大助教授、来年の夏まで1年間の予定でアメリカ移民史研究のためボストンの大学に単身で留学中。

亀山
(カメさん)

 周防に残っている野球部の仲間の一人。大学を出て、就職先ははやらないオーナーシェフ。

神野
(ジンブー)

 周防に残っている野球部員のひとり。大学を卒業後、高校教師になり、いまはシュウコウの野球監督も務める。

藤井恭子
(旧姓 島田)

 20年前、野球部の女子マネであった。野球部のオサムと不祥事を起こし、町を追われるように去り、離婚して再び周防に戻ってきたシングルマザー。トラックの運転手。
藤井甲太  小学5年生。野球が大好き少年、苛めにあったが、ソフトボール大会で大活躍し、一躍クラスのヒーローとなる。洋司に野球を教えてと頼む。
オサム  野球部員のとき、恭子と付き合って不祥事を起こし、町中から中傷され、隣町の仲間と夜中バイク事故で即死。
ザワ爺  周防に住む野球大好きシュウコウ大好き人間。大会ではいつも応援に来て、暖かい声援を寄越す。そろそろ年でボケも始まっている。ジンブーは三日に上げず見舞いに行っている。


読後感
  

 
 本州の西の端の、城下町でもあった港湾町周防に帰郷したヨージが、この先の心配事(妻に死なれ、立て替えた二世帯住宅にひとり住む口数の少ない年老いた父のこと、妻和美の性格からこの町で暮らすのは無理であろうこと、娘美奈子のこの後の人生は? さらに自分はどんな人生を生きたいんだ?)を抱えながら、昔の野球部で地元に残っているカメさん、ジンブーと旧交を温めていく。そこには高校野球の熱い思い出がふつふつと伝わってくる。

 そしてこんな子が孫にあったらいいのにと思うような、少し大人の、気が回りすぎの、明るくてこまっしゃくれた小学5年生の美奈子がいい。

 特に母親の一周忌の法要時、父親が口数が少ないし、親戚からはよく思われていない長男夫婦であるヨージと和美が盛り上げないといけない事情を悟り、美奈子が親戚の中をお喋りしながら酌をしてまわる場面には涙が出て来る。

 その裏で、悲しい事件で亡くなったオサムのこと、町を離れていった女子マネージャーの恭子が再び周防に帰ってきて、トラックの運転手をしながら、一人息子の甲太を育てつつ、過去から立ち直って強く生きる母親がいる。

 カメさんにしろ、ジンブーにしろ年月が経ち、それぞれの人生を歩む中、それぞれ悩みを抱えていながら生きている姿には、こんな友達がいる故郷の良さをしみじみと感じさせる。

 妻の和美との離ればなれの中でのメールでのやり取りの中にも、妻の性格が表れていて、夫のヨージとの関係も想像されて面白い。

 年をとり、妻にも先だたれ、独り身となったときに、はたしてヨージの父親のような言葉を吐くとが出来るのか?
 爽やかな中にも、しみじみと感じさせる内容の、いい作品である。



印象に残る場面:

◇ 美奈子が学校で苛めにあっていることを僕に話しながら 

 「いい?お父さん。あたしだってプライドがあるんだから、ぜーったいに(保護者会で)よけいなこと言わないでよ。約束だよ」・・・
 美奈子は昔から「負けず嫌い」という言葉そのものが大嫌いなのだ。

 「だって、そうじゃん、負けたくないっていうのはゴーマンだよ。負けたっていいんだよ。でも、逃げるのって、ずるいじゃん。あたし、逃げるぐらいなら負けたほうがいいと思うもん」


◇ 法要で一時帰国した和美と僕の二人の会話 
 美奈子が苛めにあっていたことで

 「・・・しょうがないだろう、美奈子にもプライドがあるんだから」
 「隠すことがプライド?」
 「あいつは、お前に心配かけたくなかったなんだよ」
 「美奈子の気持ちはいいのよ、私にもわかるから。私が言いたいのは、あなたが、何をしたかってこと。美奈子のプライドを守る?それが一番大切なこと?」 返す言葉に詰まった。
・・・

 「・・・東京にいた頃は、あなた、もっと強かったと思うの。べつに腕力とか、ぐいぐい引っ張っていくとかじゃないんだけど、もっとね、心の芯みたいなものがしっかりしてたと思うの」

 「優柔不断だって言いたいのか?」
 和美は少し考えて、「悪いけど」とうなづいた。

 ・・・ あとで和美からのメールで先に言った言葉を取り消し、

 「あなたは周防に帰って優柔不断になったわけじゃないんだな、と気づきました。/優しくなったんだと思います。/照れるでしょ。/でも、優しくなったから、つらくなるってあるような気がします。優しいひとほど途方に暮れてたたずむことが多いんじゃないかな、って。/・・・」


  

余談:

 しばらく重松清作品を離れ、住井すゑの長編作品を読んでいる内に、また重松作品を読みたくなってきた。そんな思いを起こさせる作家である。

 

背景画は、本書の表紙を利用。

                    

                          

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