柴田よしき著 『激流』
 





                 2013-08-25


(作品は、柴田よしき著 「激流」   徳間書店による。)

             

 初出 「問題小説」2003年5月号〜2005年9月号に掲載された作品に大幅、加筆、訂正。
 本書 2005年(平成17年)10月刊行。

 柴田よしき:(本書より)

 東京生まれ、1995年「RIKO−女神の永遠」で第15回横溝正史賞を受賞。警察小説、本格ミステリー、ハードボイルド、伝奇ロマン、恋愛サスペンスなど、幅広いジャンルで精力的な執筆活動を続け、著書多数。近著に「窓際の死神」「夜夢」「シーセッド・ヒーセッド」などがある。

 主な登場人物

◇墨田区中学3年A組
二斑(7名)同級生

井上圭子
旧姓
(三隈 みすみ)
呼称 サンクマ

班長、世話焼きタイプ。
現在出版社の敏腕編集者、副編。学生結婚、ただいま離婚調停中。
夫は浮気相手(売れっ子作家)と付き合っているも交渉に応じていない。

秋芳美弥
呼称 ミヤ

同級生を小馬鹿にしている風で男女ともから好かれず。
小説家、ミュージシャン、芸能人として多彩、借金まみれで青山の事務所で久我恭子マネージャーに管理されている。
世田谷殺人事件に関係の疑いをかけられる。

長門悠樹
呼称 ナガチ

副班長、父親が医師で大学進学を強いられるも、本人はエンジニアを希望していた。高3の時中退、音信不通に。

河野貴子
旧姓 御堂原
(みどうはら)
呼称 おタカ

笑顔が素敵で美しい顔の持ち主。男女ともに好かれる。小説好き。
娘の華(小学1年)を私立に通わせ、夫に隠れてカトレア会という売春組織に属する。中学時代から一番変わった人間。
夫はリストラにあい、就活中。

東萩耕司
(ひがしはぎ)
呼称 ハギコー

サバとつるんで二人だけの世界(鉄道模型)に。
警視庁の刑事。世田谷の路上殺人事件の捜査担当。

鯖島豊
(さばしま)
呼称 サバ

優等生で記憶力抜群。
開発室のホープだったが社内の派閥抗争の犠牲に、辞めて趣味の模型の店を計画している。離婚して2年、養育費やローンの支払いで汲々、女(桑野留美)と別れようとしているが・・・。

小野寺冬葉 クラスでは目立たないがフルートがうまく、いつも階段下でフルートの練習をしている。修学旅行の途中、バスから姿消え失踪。未だに生死すら分からない。

担任 旭村正隆
音楽教師 毛利佳奈子

大学出て2年?の若くてイケメンの教師。依怙贔屓があるためクラスの女子には蔑まされているが、他のクラスの女子には人気。
音楽教師の毛利先生は音大出だが、才能不足で音楽教師に。ピアノがうまい。小野寺冬葉の才能を評価。

高村玲子 元フリーライター、今は人気コメンテイターに変身。東京アカデミーの専任講師でライター講座を持つ。大型クルーザーを所有。運転免許は弟の高村賢吾(自衛隊上がり)が持つ。
佐原研二 引退した演技派俳優。今は実業家。秋芳美弥と同じマンションに住む。
榎一之 音楽プロデューサー、MAIBE・ミュージシャンをつくる。世田谷の殺人事件の被害者中谷戸秀美(30歳主婦)の不倫相手。サイパンに向け出国後行方不明。秋芳美弥の元恋人。


 物語の概要 図書館の紹介より

修学旅行でグループ行動中、そのうちの一人の女生徒・小野田冬葉が失踪。20年後、毎日を懸命に生きるグループのメンバーのもとに、冬葉からのメールが届く。冬葉は生きているのか。渾身のサスペンス・ミステリー。

 読後感

 中学3年生の、同じ斑の修学旅行での一人の女子生徒小野寺冬葉がバスの中から姿を消し、失踪。それから20年後に送られてきたメール“わたしを覚えていますか? 冬葉”。
 しかも送られてきたのが秋芳美弥宛と旧姓御堂原貴子のふたりに。

 そこから20年経ったそれぞれの人生の浮き沈み、はたまた事件の数々に巻き込まれながら物語が展開していく。
 それらの事件がどのような繋がりを持っているのか、はたまたまったく異なる出来事なのかは分からない。この作品の映像化されることを知り、読みたいと思ったのは当たりだった。なかなか興味ある展開に引き込まれていって仕舞う。

 上下段550ページの長編かつ、登場人物も結構多いけれど、しっかり頭にはいるし、人物像もスッキリと形成されていて理解しやすい。

 芸能面、出版業界、警察、教師と扱っている世界も広く関心事もことかかない。ラストの方での仕上がりもそつなくまとまっていて渾身のサスペンス・ミステリーとして読み応え十分と言うところである。

  

余談1:
 中学3年生の時から20年という年月が経つと、15歳当時の思いと現在の心境の変化、成長ぶり、変わらないものが有ることだろう。しかも修学旅行の時の同じ斑の人間がかくも登場人物として事件に絡み合ってくる設定。なかなか彩りのあるところである。

余談2:
 NHKでドラマ化されているが、残念ながらしっくりなじめなくて小説の方がずっと深みがあって好ましいような気がする。上っ面をなぜてるだけという感じで、自分で構築した世界の方がいいということか。
 どうしても脚本の作り方にもよるが俳優のイメージが邪魔して、自分の創造するイメージとかけ離れたものとなってしまっている結果だ。難しいものだ。

 人それぞれがバラバラの感じでまとまりがない。キャスティングの問題か、脚本の問題なのか。やはり映画というものは集合体をいかにまとめられるかという点で、一人の著者の頭の中で作り出すものとは格段に難しいものなのだろう。

 ちなみに同じ時期に「震える牛」(相場英雄原作)がやはりドラマとして放映されているが、小説はまだ読んでいないが、なかなか興味を呼ぶ作品でありそうだった。

背景画は、NHKのドラマ「激流」のタイトルを利用して。

                    

                          

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