瀬尾まいこ著
    『あと少し、もう少し』、 『優しい音楽』





              
2014-08-25




(作品は、瀬尾まいこ著『あと少し、もう少し』(新潮社)、『優しい音楽』(双葉社)による。)

          

『あと少し、もう少し
 
本書 2012年(平成24年)10月刊行。書き下ろし作品。
 
『優しい音楽
 初出 「小説推理」
    優しい音楽    2004年1月号
    タイムラグ    2004年11月号
    がらくた効果   2005年3月号
 本書 2005年(平成17年)4月刊行。

瀬尾まいこ:(『あと少し、もう少し』より)

 1974年大阪府生まれ。大谷女子大学国文科卒業。2001年「卵の緒」で坊ちゃん文学賞大賞を受賞。翌年単行本「卵の緒」でデビュー。05年「幸福な食卓」で吉川英治文学新人賞を受賞。08年に「戸村飯店 青春100連発」で坪田譲治文学賞を受賞する。他の著書に「図書館の神様」「優しい音楽」「温室デイズ」「僕の明日を照らして」「おしまいのデート」「僕らのごはんは明日で待ってる」など多数。
 

主な登場人物:
『あと少し、もう少し』

設楽亀吉1区)

身体はでかいくせに声は小さく、小学校が同じ桝井が陸上部に誘う。苦手の大田は自分など相手にしないと思っていたが・・。
上原先生が顧問になってからタイムは下がっている。

大田(2区) 「やってもできない」ことが表に出る前に全て投げ出す。いまはひとりでテニスコートで昼を過ごす。協調性のかけらもない。桝井の誘いに乗って参加することに。走ることへのひたむきさを持つ。

ジロー(3区)
本名仲田慎二郎。

「頼まれたら断るな」の母親の教えでバスケ部の大会が終わり、駅伝に参加。吹奏楽の渡部とのあきれつあり。
渡部孝一4区 吹奏楽部、陸上部以外で走りは抜群。桝井、俊介に誘われ、上原先生の一言に参加をすることに。誰とだって仲良くない。
河合俊介5区) 唯一の2年生。桝井先輩に憧れ走りもぐんぐん調子を上げる。本番直前に上原先生から6区から5区への変更を告げられる。

桝井日向(6区)
(ますいひなた)

満田先生の移動と上原先生の頼りなさにいらだちを消すのは難しい。しかし「周りを優しく暖かく照らせるような人になるのよ」の両親の教え通り、部長として陸上部以外のメンバー勧誘にも忙しい。しかし調子は悪いまま本番を迎える。
上原先生

8年間顧問の満田先生が移動になったのを機に、陸上部顧問に任命された、美術担当の20代後半の女教師。神経だけは図太そう。


『優しい音楽』

<優しい音楽> 駅の構内で僕の顔をじっと見つめる見覚えのない女の子。やがて恋人になるも何故か家に来ない方がいいと。

永井タケル(僕)
(23歳)

設計事務所に勤める。4年付き合った彼女と別れる。駅構内で見知らぬ女の子に2日続けてアタックされる。

鈴木千波
両親

女子大生の2年生。
<タイムラグ> 平太夫妻は結婚記念日で二人で旅行。娘の佐菜を二日預けられた私。戸惑いながらも・・・。

石川深雪(私)
(27歳)

平太の恋人2年。平太にはなんだかんだと面倒なことを押しつけられる。預けられた子供の扱いにとまどう。

宮下平太
妻 サツキ
娘 佐菜
(8歳)

平太と奥さんは学生時代から付き合っていて大学を卒業してすぐ結婚。遊び足らずに今頃になって子供がいるのに、二人で旅行に。
・佐菜は小学3年生。

<がらくた効果> はな子が拾ってきたその人との1週間の生活。いままでとは違う風が吹く。

樋口章太郎

社会人になって3年。はな子と一緒に暮らしはじめて1年以上。
はな子 好奇心旺盛なはな子、クリスマスの次の日にとんでもないものを拾ってきた。
佐々木平八郎 大学で言語学研究していたが、今年解雇。離婚を言い渡され公園で仮住まい中。はな子に誘われ章太郎の家にやってきて・・。

物語の概要:
『あと少し、もう少し』

 襷を繋いで、力を振りしぼって、ゴールまであと少し。誰かのために走ることで、つかめるものがある…。寄せ集めのメンバーと頼りない先生のもとで、駅伝にのぞむ中学生たちの最後の夏を描く、清々しい青春小説。

『優しい音楽』

受けとめきれない現実。止まってしまった時間…。だけど少しだけ頑張ればいい。きっとまた、スタートできる。家族、恋人たちの温かなつながりが心にまっすぐ届いてしみわたる。軽やかな希望に満ちた3編を収録。

読後感:

□『あと少し、もう少し』
 
 主人公たちは中学駅伝に1〜6区を走る生徒たち。そして新任の美術担当の20代後半の女教師。8年間体育教師で陸上部顧問だった満田先生の後を務めることに。
 それぞれの区を襷を繋ぎながらそれぞれの経歴、育ち、思い、自分の立ち位置などを綴りながら次第に駅伝での走りが展開していく。

 陸上競技に関する小説は以前に読んだ佐藤多佳子著の「一瞬の風になれ」が思い出されるが、それは高校生のリレーの話。今回は中学生での駅伝の話。
 それぞれの個性、団体の中での気持ちと仲間になりたい、認められたい、役に立ちたいとかそれぞれの思いが通じ合い襷を繋ぎ、能力に応じた貢献があり、果たして県大会に進める6位までの入賞が出来るのか・・・。

 中でも大人の立場で思うと、全然素人で顧問になった上原先生の、性格なのか素そのものなのか分からないけれど、桝井のキッツイ一言を受け周囲の皆も固まってしまうような場面を通り越した後のジローや渡部の言葉に反応する姿、一匹狼的大田に対する図太さが光る発する言葉はなかなかどうして頼もしい教師ぶりと言わざるを得ない。
 けっして押しつけがましいところもなく、謙虚そのもの、頼りなさも素のままに顧問として認められていく様子は生徒たちのもそうだがそれにも増してすがすがしい。


『優しい音楽』

 駅伝のリレーを繋ぐ「あと少し、もう少し」とがらっと異なる話に、こんな物語もつむげる作家だったんだと。そういえば今までに読んだ小説にも通じるものがあったような。

「優しい音楽」はちょっとミステリアスな部分もあり、若い人のやりとりも自然、そして家族へのやさしい思いが伝わってきてハートフルになった。

「タイムラグ」は8歳という小学3年生を預かったものの扱いに戸惑う姿が何だか自分と同じような気持ちがして身近に感じてしまった。でも次第に馴染んでいって佐菜ちゃんを通して奥さんのサツキさんの様子が想像できて平太の家族の温かさがふつふつと伝わってくるよう。そんな深雪の性格もたまらなく魅力的であった。

「がらくた効果」は二人で暮らす家庭の中に入り込んだ異物の効果。初めて二人になったとき章太郎と佐々木さんのからみが新鮮かつ共感を覚える。新しい風が入り込んでいままでの二人(章太郎とはな子)の間が新鮮に覚えるその感覚にうなずける。

印象に残る表現:

『あと少し、もう少し』

◇ 陸上部の部長である桝井日向が自分の走りに精彩がないことを思い、区割りを5区を自分、ラストの6区に今一番力がある俊介と発表した。みんなが戸惑っているときに上原先生(顧問)が異論を唱える。それに桝井が「満田先生がもどってきてくれたらな」とぼそりという。[4区 (渡部孝一の語りの章)]

 言ってはいけない言葉ってある。皮肉や嫌味ばかり言っている俺ですら、ぞっとした。・・・みんなが帰った後、俺はなんとなく校門あたりをうろついていた。・・・・
「あれ?渡部君何してるの?」
 ・・・
「あのさ、本気じゃないだろうし」
「何が?」
「いや、ほら、今満田がいても困るだろう?なんか練習のペースが崩れるし、桝井だってそんなことわかってるっていうか」

 俺が迷いながら言葉を並べるのに、上原はくすくす笑い出した。
「なんだよ」
「こんなに優しい中学生を初めて見たなと思って」
「は?」
 何言ってるんだこいつ。優しいなんて、俺のどこをどう取っても当てはまらない表現だ。

「まさか、それが言いたくてここにいたの?」
 ・・・・
「気にしてくれなくてもいいのに」
「気にしてない」
 そうだ。ただ、このまま明日になるのはよくない。そう思っただけだ。

(その後ジローのことになって
「あいつは馬鹿だからな」
「だけど、ああいうふうになれたらいいよね」
 ・・・
「違うよ。ジローは私を顧問と認めてくれてるってこと。ジローにしてみれば、何もできなくても顧問をやっていれば、それで十分顧問なんだよ。なんでも認められる。それがジローの強みだよ」
「俺に何かアドバイスしてるつもり?」

 そんなこと上原に言われなくても、知っている。がさつで優雅さなんてどこにもない。知的でもなければ洗練もされていない。それなのに、愛されて恵まれて育っているのがよくわかる。決定的に俺より容量がでかい。それがジローだった。
「まさか。渡部君には渡部君のよさがあるでしょ」
 ・・・
「私、教師になって色んな生徒を見てきたけど、その中でも渡部君は一番」
「一番中学生ぽいなって」
「そう。自分らしさとかありのままの自分とか、自分についてあれこれ考えるの、いかにも中学生でしょ」
そこまで言って、上原は笑いだした。

 ・・・

余談1:

 駅伝とかリレーとか陸上競技での物語としては小説になりやすいテーマだとは思うが、やはり読ませる物語に仕上げるというのは大変なことだろう。たまにはスポーツ物を読むのも楽しいものである。

余談2:

 ここでも短編小説のよさを味わった。複雑な構成でなく単純な構成で内容を肌身で感じさせるところは作家の人となりが伺えてたのしい。

  背景画は、ネットより中学校駅伝(但馬)の様子より借用。