佐藤多佳子著  『サマータイム』







              
2014-01-25




(作品は、佐藤多佳子著 『サマータイム』   MOE出版による。)

                 

本書 1990年(平成2年)7月刊行。

佐藤多佳子:
 昭和37年11月生まれ。青山学院大学文学部卒。港区赤坂在住。89年度、第10回月刊MOE童話大賞にて、「サマータイム」で大賞受賞。

 

主な登場人物:
◇サマータイム
伊山進(ぼく) 小学5年生の夏プールで浅尾広一と出会う。
伊山佳奈

ぼくの1つ年上の姉。
クラスメートの手下をもつ女王陛下。外側だけはカワイイ。

浅尾広一
お母さん 友子

4年前の交通事故で父親は死亡、広一は左手を失う。
お母さんはジャズピアニストでぼくと同じ団地に住む二人暮らし。仕事で旅行が多く広一ひとりでいることが多い。

◇五月の道しるべ

伊山佳奈
弟 進
母親
父親

小学1年生、6歳。誕生祝いに黒いお化けのようなアップライト・ピアノ。かってない手ごわい敵になった。
進 1つ年下の5歳。誕生祝いは進の一番欲しがっていた自転車。これはサベツだと佳奈。


物作品の概要:

 サマータイムのメロディーにのって鮮やかに迫る青春の日の輝きと憂愁。第10回MOE童話大賞受賞。

読後感:

「サマータイム」:

 ぼくがプールで初めて広一くんを見たときのショックの表現「ぼくは、目を皿のようにしてぶしつけにじろじろと彼を見つめてしまった。左腕がない。ない、としか言いようがない。肩から先の空白に、ぼくは胸がつまるような息苦しさを覚えた」にがつんと頭を殴られたような感じに。この先どういう展開になるのか。

 その後の広一くんとのやりとり、広一くんとお母さん(友子さん)とやりとり、姉の佳奈と広一くんとのやりとりは普通の人とのやりとりとみじんも変わらず、しかも思いやりさえ包まれたごく自然のやりとりにこころ打たれた。

 短編でありながら、親子、姉弟、友達との素敵な会話と時間の経過が織り込まれていてほんと青春の輝きと憂愁がサマータイムのメロディーに相応しい内容となっている。
 森沢明夫の「虹の岬の喫茶店」での“アメージング・グレイス”の名曲とともに、本作品の“サマータイム”と改めて名曲に相応しい作品に出会えた。


「五月の道しるべ」:

 うん?と思う。前の「サマータイム」と調子が違う。先ず登場人物。伊山佳奈が主体で弟の進と母親が出てくる。つながっているのはうれしい。でも様子が異なる。それもそのはず話の内容は当時の小学1年生の佳奈をもう少し大人?になった時点で語っているところ。弟を従えるところは変わらないものの、弟の進も姉に逆らいながらもしっかり自分を主張している所は変わらない。

「サマータイム」は89年度、第10回月刊MOE童話大賞に、同時応募の「五月の道しるべ」も応募作1342編中、9編の最終候補作に残ったとある。うなづける。

印象に残る表現:

 肺炎になった広一の見舞いに、友子さんとぼくと佳奈が行ったときのこと:

「ごめんね。もっと早く来ようと思ったんだけどさ」
 友子さんは言った。
「一口って思ってお酒、飲んじゃって」
「けんか、した?」
「うん。ふられた。結婚、だめになっちゃった。ごめんね。広一、あの人、好きだったのにね」
 その時の広一くんの顔って、ぼくは今でもよく覚えている。

 大人の顔だった。すごく色々な感情が一気に浮かび上がり、そのどれもをひっこめようと躍起になっている感じがした。
 友子さんは佳奈を見た。
「悪いね。ヘンな話して。でも広一と二人っきりの時言い出したら、あたし、絶対じめじめしちゃうもんね」
「うん!おばさん、独身だったのね」
「実は」
「あたしも、息子をつくってから、独身になろうと思うの」
 佳奈の言葉に、友子さんは思いきり吹き出した。ぼくは頭がくらくらした。

「なんで?」
 そう尋ねた広一くんは、すごく皮肉を顔をしていた。当然だ!
「家の中には男が一人でいいと思うの。オットよりムスコのほうがかわいいと思うわ」
「まったくね!」
 友子さんは大声で叫んだ。話が聞こえている他の患者さんたちもげらげら笑っていた。
「佳奈ぁ・・・黙ってろよ」
 ぼくは顔から火が出そうになった。

  

余談:
 
 この作品に共通して感じるところ、それは一度読んでから、再び読み返してみて鮮やかに景色が輝いて感じるところ。そう、優れた作品って読み返してみるとまた印象が鮮明になるとか、違った受け止めを感じる点ではなかろうか。そんなことを感じてしまった。
  背景画は、本作品中の挿絵を利用して。自転車が大きなポイントを示している。