主な登場人物:
神谷新二
(俺)
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サッカーをあきらめ、公立の春野台高校に入学、陸上部に入部、短距離に情熱をかけ、連を追い越すことを夢見て練習に励む。連のよき理解者でもある。 |
神谷健一
(兄貴)
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海嶺出身のサッカー・センスの権化と周囲からも認められている。俺にとって健ちゃんは輝ける星。やがてプロになるが・・・。 |
一ノ瀬連 |
運動神経抜群、中学時代に全国大会に出る。高校からも先生が会いに来たが断り、春野台に入学する変わり者。小さい頃からの俺の友達。 |
根岸康行 |
春野台高校陸上部の同僚。俺に連を追い越せると暗示をかける。 |
谷口春菜 |
春野台高校陸上部の同僚。反応のトロサや走りの鈍さに短距離から中距離走に転向を進められたと相談を受ける。可能性ってヤツを見てみたいと励まし、その言葉が支えで頑張れると。春菜からは健ちゃんより神谷くんの方がすごいとの言葉がなぜか気になる女の子。 |
三輪先生
(みっちゃん)
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春野台高校陸上部の顧問。一ノ瀬や新二の不遜な態度もおおらかに受け止める廣い心の持ち主。恩師である元春野台監督の鷲谷高校の大塚先生からは、甘いと叱られることが多い。 |
仙波一也 |
鷲谷高校の陸上部に属し、県でも指折りの走者。 |
高梨正己 |
鷲谷高校の陸上部に属し、試合前にでも俺たちにちょっかいを出してくる仙波に次ぐ速い走者。 |
読後感:
出来るだけ予備知識なしに読みたいと思っている。この作品も確か直木賞か何かを取っていたのではとは思っていた。よくあるが、若い作家ではないかと思った。言葉の調子が簡潔、すごく飛んだ表現、つじつまが理解できない面もしばしば。読み返さないと誰が言っているのか理解しがたいところがある。
でも、感覚というか、感触がすごく肌にしみこんでくる感じを受ける。そういうところがすごいんだろうなあと思う。
陸上競技、なかでもトラック競技をテーマにしてよくこんな風に物語として成り立つものだと、しかも3巻まで続くなんて。
物語が進むにつれ、競争校の仙波や高梨とも腹を割って話が出来る雰囲気に。そして春校の陸上部で、走ることの楽しさ、メンバーとの友情、陸上部としてのレベルアップ、挫折と立ち直り、そんないろんな感情が入り交じって青春のすばらしさがぐんぐんと盛り上がりを見せてくる。
ドラマ化がなされて著者が脚本に不満を持って手直しが入ったとか。こういう小説をドラマにするのは難しいと思う。想像するに、読者の感覚とだいぶ違ったものになるのではと容易に想像できる。
映像でただ表面的に表せる内容とは違う。内面的なウェイトが多分にあり、しかも淡々とした時間が必要だし、盛り上がりだけを追っても伝わらないだろう。著者が自然に3巻まできてしまった言うのもわかるものだ。
第三部は読むのに少し時間がたったせい(図書館での予約が多かったので)か、一、二部の感動が始め不足気味であった。しかし高校三年になり、最後の挑戦、県から関東大会(それをクリアするとインターハイ=総体)での競技になるその成長ぶり、大化けするかも知れない力に、興奮するほどの迫力と感動が待っていた。最後は何故か涙が出てくるほど。 これから陸上競技を見る目が変わってきそう。
なるほど北京五輪での100mx4リレーでの活躍(塚原直貴、末続慎吾、高平慎士、朝原宣治選手)は大変なものだったんだなあと思い返された。
印象に残る場面:
◇一、二年生だけの新生チームでの神奈川十校の合同合宿で、深夜になって連、脱走。俺と根岸で探しに行って連を見つけ、
「俺は、おまえがみっともないのはイヤなんだっ!」
自分の股間に向かって叫んでいた。
「そういうのは絶対イヤなんだ。俺がみっともないより、もっとイヤなんだっ」
こんな泣き声でしゃべりたくない。
「逃げるな。一番みっともない」
連は何も言わなかった。
(中略)
「ゴメン」
連はほとんど声を出さずにつぶやいた。
「謝るな。謝られたぐらいじゃ許せん」
根岸は淡々と言った。
「こんなクソワガママなおまえをかばってやってるのは、友情とかそんなんじゃねえんだ。チームのためとかじゃねぇ。俺の都合だ」
ふうと大きく息をついて根岸は続けた。
「おまえの走りを見ていたいんだ。短距離やってるモンの夢だ、おまえの走りは。一度でいいから、おまえみたいに走ってみたいよ。夢を見るよ」
根岸の言葉は俺の胸にズキズキとしみた。やめてくれ。また泣きそうだ。
「もっと速いヤツいっぱいいるじゃねえか」
連はつぶやいた。
「そういうことじゃないっ」
根岸は珍しくきつい声で怒鳴った。
「神様にもらったものを粗末にするな。もらえなかったヤツらのことを一度でもいいから考えてみろ」
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