サッカリー著 『虚栄の市』
           中島賢二





              
2010-06-25






(作品は、サッカリー著 中島賢二訳 『虚栄の市』 岩波文庫 による。)


          
             
 

2003年9月発行

サッカリー(ウィリアム・メイクピース・サッカリー):
 
 チャールズ・ディケンズと並んで、イギリスの国運が未曾有の進展を遂げた十九世紀のほぼ三分の二を占める時期、いわゆるヴィクトリア朝時代を代表する作家の一人。


 

物語の展開:

 十九世紀初頭のロンドン。 烈女ベッキーと淑女アミーリアが女学校を去る。 渡る世間は物欲・肉欲・俗物根性がひしめく「虚栄の市」。 貴族や有産階級の姿を鏡にさらす英国版「戦争と平和」。 作者の挿絵、筋運び、語り口―――心憎いまで第一級のクラシック・エンターテインメント。
 カバー 中野達彦カバーカット 作者サッカリー自身による。



主な登場人物: (第1−4巻)

レベッカ・シャープ嬢
愛称 ベッキー

生まれは卑しいが美貌と才気で出世を目指す娘。 ロードン・クローリーと結婚。男達にもてはやされるも、上流の社交界のご婦人方からは冷たくあしらわれている。 ロードン坊やに対しては無関心。
アミーリア・セドリ 中流家庭の淑やかな娘。ベッキーの学友。ジョージ・オズボーンと結婚。
アミーリアは一子ジョージを夫のかたみと思い慎ましく暮らす。 周りの男達からは好意を受けている。

クインズ・クローリー
(ハンプシャー州)

ピット・クローリー卿
(准男爵)

准男爵で大地主。
ピット・クローリー氏 ピット卿の長男。 父の死後、准男爵を継ぐ。
ロードン・クローリー ピット卿の次男。 アミーリアと結婚。ワーテルローの会戦で戦功をたて大尉から中佐に。 ロードン坊やとの親子関係はいい。
ビュート・クローリー ピット卿の弟。 クローリー教区の牧師。

パーク・レイン
(ロンドン)

ミス・クローリー
 (老嬢)

ピット卿の腹違いの姉。 富豪。 在ロンドン。
ロードンが踊り子のレベッカにたぶらかされ結婚したことで追放、遺産は兄のビット氏にほとんどを残す。

ミス・ブリッグス ミス・クローリーの付き添いを務める。
ミセス・ファーキン 老嬢付きの女中。

ラッセル・スクウェア(ブルームズベリー)
(ロンドン)

セドリ氏 アミーリアの父

ジョーゼフ・セドリ
(ジョス)

アミーリアの兄。 東インド会社の収税官。
オズボーン氏 ジョージの父。 戦争のため相場が急落、セドリ氏が破産すると息子のジョージがアミーリア・セドリの卑しい娘と結婚することは猛反対、・・・。
ジョージ・オズボーン

アミーリア・セドリの幼なじみで婚約者。 陸軍将校。
ワーテルローの会戦で戦死(中尉から少佐に)。

ウィリアム・ドビン大尉 ジョージの親友であり、優しいアミーリアに対しては愛しているだけにジョージとの結婚を後押し。
スタイン侯爵 悪徳の大貴族   (三)から登場。

(補足)
・ワーテルローの会戦
 1815年6月18日イギリス・オランダ連合軍及びプロセイン軍が、フランス皇帝ナポレオン率いるフランス軍を破った戦い。


読後感:
 
 まずはじめにこの作品に興味を持ったのが、北村薫著の「街の灯」という作品にこの「虚栄の市」のことが記述されているなかで・・・寄宿制の女塾から始まり、育ちのいいアメリア嬢(本作品ではアミーリア)が卒業、塾長のピンカトン女史が送る時に一冊の辞典を送る。しかしもう一人のレベッカ・シャープ(ベッキーはレベッカの愛称)に対してはあんな子にはやることはないと冷たく言い放つ。哀れに思ったジェミマ先生(本書ではジマイマ先生)がレベッカにその辞典を手渡すが馬車が走り出した時、レベッカはそれを庭に投げ返してしまう場面が記されている。

 はたしてレベッカなる女性の生き方はどのようなものなのか。なかなか狡猾に上流社会の中でうまく立ち回り、周囲の人から好ましく思われるように振る舞う。良き結婚が出来るようにするには自ら行動しないと親はいないし、母親は踊り子の出では上流社会志向のレベッカとしては、自らの才気と持ち前の機転、口のうまさ、フランス語を話せる教養を駆使して周りの男達を引きつけ、嘘も方便で世渡りをしていくことに。従って敵も必然的に多くなる。

 ナポレオン戦争を背景に時代の動きにあわせ二人の女性の運命がどのようなものになるかその展開が波乱を呼ぶ。
 物語の展開について思い出されるのがあの中里介山の「大菩薩峠」である。時の流れも同じように展開している中に、著者の評論(?)というか自分の思いや説明が所々に入り、読者との間を上手くつないでくれていて著者と一緒に物語の展開を見守っているような気持ちにさせる。

 レベッカとアミーリアの二人の対照的な女性。(一)でのチジック・モールの女学院卒業時にはアミーリアがいかにも上流で人にも好かれるのに対し、一方のシャープ・レベッカは反抗心の旺盛なすべっからしと思っていた。ところが実際世の中を渡るすべはレベッカの方が遙かに生活力、世渡り術に長けていて、アミーリアの方はいかにもお嬢さん育ち、世間の荒波には流され、頼りなくどうなるものかと心配になる程。しかも夫には戦死され、一人息子だけが生き甲斐といった風。実家の方も落ちぶれ貧しい生活を余儀なくされる。

しかししかし、果たしてどちらが幸せをうることになるのか、最後の巻にその答えが・・・?。


   

  
                       

余談1:

 第四巻の最後になって物語の背景になる地図が掲載されていた。もっと最初にあれば良かったのにと思う程、地名を知らないことからくるとまどい、名前が混乱(愛称、呼称、名前を引き継ぐ習わしなどから)して頭の整理がなかなかつかないことに戸惑う。(外国作品はいつもそう。長編になると間を置いてしまうとよけいのこと)

余談2:
 
 ドビン少佐の献身ぶり、アミーリアに対する思いの深さ、ぶれない気持ちはやはり著者とも同じく、物語の最後の結果に安堵の感を抱く。一方、レベッカの生き方は憎まれそうでいてそうも思えない不思議な気持ちで読み終えた。

             背景画は作中挿入絵のレベッカとジョーゼフの様子を利用。



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