物語の概要:(図書館の紹介記事より。)
母と子、父と子、友情、青春の屈託に涙が止まらない。ナンシー関なき後、最強のコラムニスト、文章家と目されている著者が打ち立てた金字塔。現在の日本文化の、最も高い達成というべき傑作。
◇印象に残る場面:
・東京の大学に受かって、東京へ発つ前の日に、オカンがボクに言った「オトンと離婚してもいいかね?」に思ったこと:
ボクを育ててくれたのは、オカンひとりなのだから。オトンは面倒を見てはくれるけど、ジョン(ジョン・レノンのこと)のように育ててはくれなかった。そのための時間を持ってはくれなかった。口と金では伝わらない大きなものがある。時間と手足でしか伝えられない大切なことがある。
オトンの人生は大きく見えるけど、オカンの人生は十八のボクから見ても、小さく見えてしまう。それは、ボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ。
・オカンの日記の間に隠されていた紙切れに書かれていた文章:
母親というのは無欲なものです
我が子がどんなに偉くなるよりも
どんなにお金持ちになるよりも
毎日元気でいてくれる事を
心の底から願います
どんなに高価な贈り物より
我が子の優しいひとことで
十分過ぎるほど倖せになれる
母親というものは
実に本当に無欲なものです
だから母親を泣かすのは
この世で一番いけないことなのです
読後感:
著者は深津絵里との大和ハウスのCMで馴染みの顔、人柄が偲ばれる人物と思っていて、ふと新聞にこの人物の著作が載っていて読みたいと思う。
本作品は自叙伝というべきものか、自分(ボク)を中心に幼い時の小倉でのこと、オトンとの別居時代の筑豊でのオカンとのこと、そしてその時々の時代の変遷を含め、周りとの関わり合い、思い至る様々な感情の移ろいが記されていて、底に流れているのがオカンへの慈しみ、人生のやるせなさ、異端者、弱者への優しさなど色んな事が溢れていて、時々に何故か自然涙が溢れてきてしまっている。
東京に出てきてからの大学時代の、貧困と目的を見いだせないでただただその日暮らしの毎日、オカンからは大変なのに仕送りを得、でも小倉のばあちゃんの死に涙を流すボク。
考えること、思想は尊敬することも多いが、それに見合う行動になっていない姿に先はどうなるのだろうかと思ってしまう。
ボクがどうにか仕事にありつき、暮らしになるようになっての様子では、オカンの事が話題の中心に。
東京に出てきて一緒に暮らすようになり、最大の課題はオカンがガンに犯されそれに対応する様子。
最後になるかもしれないと姉妹らも含めハワイに出かけたときの様子、さらに手術後のオカンの生き様は何か自分が闘病の様子を目の当たりにしている感じがして、しんみりとしてしまった。
圧巻はオカンの葬儀の様子。いかにオカンが人に好かれ、人に分け隔てなく接していたか、その人柄がそんな時に現れるのかを知った思い。
オトンとのことも思い至ることが多い。
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