読後感:
会社人間として20数年走り続けて、いつか大切な機能を失っていくような恐怖にさいなまされる。考えること、感じるという機能が後退しているようで。そしてユーラシア大陸を端から端に自分を解放する旅にでる。シベリア鉄道の車中で出会った10歳年下の前沢と一緒になり、ウラジオストックのレストランでウェイトレスから聞かされた日本人の女の子(エリカ)の自殺を予告され、あなたなら助けられると頼まれ旅を続けることに。
シベリア鉄道の道中に交わされる石井の長女の自殺にまつわる話、シベリア鉄道の食べ物、車中の諸々、車窓の風景のこと、長い道中で途中下車音その土地での風物詩など、紀行としての興味と、一方で深刻な香織の自殺にまつわる家庭内の出来事と、作品を読み進むことの愉しさに至福の時間を持ったようまだ上巻の半ばなのに。
シベリア鉄道にまつわるロシア方面のことでは皆川博子著の「冬の旅人」、横光利一著の「旅愁」等の作品が思い出され、感傷に浸ってしまった。
さてエリカが最後に海に身を投げて死ぬというリスボンのエンリカ航海王子のモニュメントを目指すエリカの後を5日から2日遅れで追尾する石井の旅にあがっている主要地のさまざまな史跡とか美術館とかその土地の風景や人々の特質、はたまた飲み物や食べ物の様子は全くその辺の事情を知らない自分にとって非常に興味深いものがあり、ミステリアスである上に、紀行、食べ歩き、ヨーロッパの諸々事情など色んな知識を得られたり、内面的な課題への対処法などを考えさせられたりと本当に至福の時間をともにすることができ、師走の慌ただしい中でもすばらしい経験であった。
おまけに図書館には購入依頼でトップクラスに位置し、真新しいまま手にすることが出来、ハッピー、ハッピー。予約の人も多いので少しでも早く返却してあげようと・・・。
最後に石井がエリカの死を踏みとどまらせることが出来たかどうかは、どうなんでしょう?関心があれば読んでみたら・・・。それにしても石井という人はよく飲むねえ。
印象に残る場面:
◇東京を出てから25日、スペインバルセロナのホテルでの午前2時30分、東京の娘里子から携帯電話がありその電話のやりとり
「お父さん」とか細い声が聞こえてきた。
「どうした?」と石井は不安を感じて言った。
「お母さん、これから手術なの」
・・・・
「お母さん、死んじゃったらどうしょう?」と急に里子は涙声になった。
「大丈夫だ。 里子。 心配いらない」
「昨日の夜ね、お母さんに呼ばれたの」
「うん」
「もしかしたら最後になるかもしれないから聞いておいてって。お母さん、どうしても言っておきたいって」
「なんだって?」
「離婚してね、もう三年も経つけれど、里子のお父さんはお父さんだし・・・。
自分にとっての夫はお父さんなんだって。 わかる?」
「うん。 わかるよ」
「もし死んだら、そう伝えておいてねって」
「だから、死にはしないって」
「お父さんに私もい言いたいことがあるの」
「なんだい?」
「お父さん浮気して、それが原因でお姉ちゃんを自殺に追い込んだんだって思っていたでしょう?」
「・・・・」
「でもね、そんなの関係ないよ。そんなことで自殺したりしないよ・・・。 あったとしてもほんのほんのわずか。 どうしてかわかる?」
「いや」
「それはねお父さん。 私だってその頃お父さんの携帯を覗くのがマイブームで、知っていたんだもん。お父さん浮気してるって。 でも、私、生きている。 そうでしょう?」
携帯を持つ石井の手が震えた。
「生きている私がその動かない証拠。 そうでしょう?」
「・・・・」
「お父さんのせいじゃない」とはっきりと何かを宣言するように里子は言った。
「だからお父さん、そのことでもう苦しまないで」
「うん」
「私が死んでいないんだから。もちろんお姉ちゃんもショックはショックだったけれど。 そのことをどうしても伝えておきたかったの。 前から話したかったんだけど、なかなか勇気が湧かなくて」
・・・・・
里子は耐えてきたのだ。 人生の最も多感な時期に姉に自殺され、それに振り回されていく両親たちを間近に見ながら。
言いたいことも封じ込めて、必死に耐えてきたのだ。 その成長した娘が、石井を救おうとしてくれている。
その気持ちが石井には嬉しくてならない。
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