大崎善生著 
       『ユーラシアの双子 』 







                
2011-02-25




(作品は、大崎善生著 『ユーラシアの双子』 講談社 による。)

         
 
 

初出 「群像」2009年8月号
本書 2010年11月刊行

大崎善生(よしお):
 
 1957年札幌市生まれ。2000年、ノンフィクション「聖の青春」でデビューし、新潮文芸賞を受賞。以後、「将棋の子」で講談社ノンフィクション賞、「パイロットフィッシュ」で吉川英治文学新人賞を受賞。2006年には「アジアンタムブルー」が映画化される。


◇ 主な登場人物

石井隆平(51歳)
妻 菜穂子
長女 香織
次女 里子

札幌で生まれ育ち、東京の大学卒業してコンピュータプログラム開発者として勤めていたが、50歳で早期退職。
妻の菜穂子と25歳の時結婚、二人の娘に恵まれるが、姉の香織の自殺と石井の浮気を機に離婚。菜穂子はその後胃癌に。
長女の香織は妹ができる頃から情緒不安定に、さらに中学2年の時の万引き騒ぎで鬱病になる。さらに高校3年の時の出来事もあり19歳の時自殺。
次女の里子(3歳年下)は生来のおっとりとした性格で家族を和ませているも・・・。

前沢慶一 石井より10歳年下のドイツ・ベルリン在住の自由人。日本とドイツを行き来している。シベリア鉄道のファーストクラスの列車での同室者。その後石井と旅を共にすることに。黄色にこだわり、衣服から荷物まで黄色に纏めて目立つこと。
坪井誠司 香織の心療内科の精神科の医師。
葉山エリカ 石井たちの5日先の、シベリア鉄道の行程を行く自殺を考えている女の子。
森田和代 東バイカル旅行社の店員。シベリア鉄道関係ワルシャワまでの情報に詳しい。
エカテリーナ ウラジオストックのレストランの若いウェイトレス。石井の同じ席に日本人の女の子が座りずっと涙を流していて、リスボンで自殺を予告していたので、助けてと。
リサ ワルシャワのレストラン“モネ”のウェイトレス。マトリョーシカをテーブルに置いていた情報や、葉山エリカの名前やメールアドレスを手に入れる。
川村沙江 銀行の事務員。石井がその銀行にプログラムリーダーとして勤務しているとき知り合う浮気の相手。

物語の概要:図書館の紹介より

上巻   
 自死した娘、病床の元妻。50歳で早期退職した石井は、過去を噛みしめシベリア鉄道に乗る。自殺を決意した女性・エリカの存在を偶然知り、ひき止めようと、悔悟と希望の旅を続ける…。壮大なスケールの長編小説。

下巻
 自殺した長女の死の責任を自分に問いながら旅を続ける石井は、死を決意したエリカの存在を知る。ベルリンで出会った彼女は娘の生き写しだった…。長女とエリカを結ぶ秘密とは。人間の愛と絆の本質に迫る最高傑作。

読後感:

 会社人間として20数年走り続けて、いつか大切な機能を失っていくような恐怖にさいなまされる。考えること、感じるという機能が後退しているようで。そしてユーラシア大陸を端から端に自分を解放する旅にでる。シベリア鉄道の車中で出会った10歳年下の前沢と一緒になり、ウラジオストックのレストランでウェイトレスから聞かされた日本人の女の子(エリカ)の自殺を予告され、あなたなら助けられると頼まれ旅を続けることに。

 シベリア鉄道の道中に交わされる石井の長女の自殺にまつわる話、シベリア鉄道の食べ物、車中の諸々、車窓の風景のこと、長い道中で途中下車音その土地での風物詩など、紀行としての興味と、一方で深刻な香織の自殺にまつわる家庭内の出来事と、作品を読み進むことの愉しさに至福の時間を持ったようまだ上巻の半ばなのに。
 シベリア鉄道にまつわるロシア方面のことでは皆川博子著の「冬の旅人」、横光利一著の「旅愁」等の作品が思い出され、感傷に浸ってしまった。

 さてエリカが最後に海に身を投げて死ぬというリスボンのエンリカ航海王子のモニュメントを目指すエリカの後を5日から2日遅れで追尾する石井の旅にあがっている主要地のさまざまな史跡とか美術館とかその土地の風景や人々の特質、はたまた飲み物や食べ物の様子は全くその辺の事情を知らない自分にとって非常に興味深いものがあり、ミステリアスである上に、紀行、食べ歩き、ヨーロッパの諸々事情など色んな知識を得られたり、内面的な課題への対処法などを考えさせられたりと本当に至福の時間をともにすることができ、師走の慌ただしい中でもすばらしい経験であった。
 おまけに図書館には購入依頼でトップクラスに位置し、真新しいまま手にすることが出来、ハッピー、ハッピー。予約の人も多いので少しでも早く返却してあげようと・・・。

 最後に石井がエリカの死を踏みとどまらせることが出来たかどうかは、どうなんでしょう?関心があれば読んでみたら・・・。それにしても石井という人はよく飲むねえ。

 

印象に残る場面:


◇東京を出てから25日、スペインバルセロナのホテルでの午前2時30分、東京の娘里子から携帯電話がありその電話のやりとり

「お父さん」とか細い声が聞こえてきた。
「どうした?」と石井は不安を感じて言った。
「お母さん、これから手術なの」
・・・・
「お母さん、死んじゃったらどうしょう?」と急に里子は涙声になった。
「大丈夫だ。 里子。 心配いらない」
「昨日の夜ね、お母さんに呼ばれたの」
「うん」
「もしかしたら最後になるかもしれないから聞いておいてって。お母さん、どうしても言っておきたいって」
「なんだって?」
「離婚してね、もう三年も経つけれど、里子のお父さんはお父さんだし・・・。 自分にとっての夫はお父さんなんだって。 わかる?」
「うん。 わかるよ」
「もし死んだら、そう伝えておいてねって」
「だから、死にはしないって」
「お父さんに私もい言いたいことがあるの」
「なんだい?」
「お父さん浮気して、それが原因でお姉ちゃんを自殺に追い込んだんだって思っていたでしょう?」
「・・・・」
「でもね、そんなの関係ないよ。そんなことで自殺したりしないよ・・・。 あったとしてもほんのほんのわずか。 どうしてかわかる?」
「いや」
「それはねお父さん。 私だってその頃お父さんの携帯を覗くのがマイブームで、知っていたんだもん。お父さん浮気してるって。 でも、私、生きている。 そうでしょう?」
 携帯を持つ石井の手が震えた。
「生きている私がその動かない証拠。 そうでしょう?」
「・・・・」
「お父さんのせいじゃない」とはっきりと何かを宣言するように里子は言った。
「だからお父さん、そのことでもう苦しまないで」
「うん」
「私が死んでいないんだから。もちろんお姉ちゃんもショックはショックだったけれど。 そのことをどうしても伝えておきたかったの。 前から話したかったんだけど、なかなか勇気が湧かなくて」
 ・・・・・
 里子は耐えてきたのだ。 人生の最も多感な時期に姉に自殺され、それに振り回されていく両親たちを間近に見ながら。 言いたいことも封じ込めて、必死に耐えてきたのだ。 その成長した娘が、石井を救おうとしてくれている。 その気持ちが石井には嬉しくてならない。


余談:
 この作者、ノンフィクションの作品を多数著しているようで、そのせいか物語の中でのシベリア鉄道や停車駅でのその土地の情景や歴史などの描写が実に自分もその知らない土地、その場にいるような錯覚さえ覚え、感動的でもあった。
 なかでもポーランドでのその歴史と国民性、街並みのあたりには感動的でさえあった。
 幸いなことに好きな番組のNHKTV「世界ふれあい街歩き」(金曜22:00)でポーランド/ワルシャワをやっていて見た。 すばらしい街並み、そして終戦後街並の修復をずっと続けている様に、ヨーロッパでの一連の様子を見て古いものを生活の中に大切に生かしている生き方に感動さえする。
 旧市街広場(建物は修復再現したもの)

       背景画は、本作品の謎の女の子葉山エリカが、ユーラシア大陸の最西端の首都リスボンの海に飛び込んで
       死ぬと予告していたエンリカ航海王子のモニュメントのある場所。 
       

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