大西巨人著 『深淵』









              
2011-10-25



  (作品は、大西巨人著 『 深淵 』 光文社による。)

          

起筆 1997年2月、擱筆 2003年10月。
本書 
2004年(平成16年)1月刊行。

大西巨人:(下巻より):
 
 小説家、批評家。 1919年福岡市生まれ。 九州帝大法文学部中退。 毎日新聞西部本社勤務を経て、対馬要塞重砲連隊の一員として敗戦を迎える。 戦後、福岡で雑誌 「文化展望」 の編集に携わり 「近代文学」 第二次同人となる。 48年 「精神の氷点」「自白の序曲」 を発表。 俗情との結託を排した思考、及び厳格かつ論理的な文章が創造する独自の世界は、日本文学の枠に止まらない。

主な登場人物:

麻田布満(のぶみつ)
妻 琴絵
娘 白妙

1985年7月20日(土)埼玉県与野市から失踪、当時28歳。 12年後の1997年4月20日(日)北海道釧路市郊外の道東総合病院西釧路分院で覚醒。 12年間の記憶のないままの状態で与野市に戻る。 約12年間の記憶喪失期間、西海地方松浦県宝満市に秋山信馬として生活。
妻の琴絵は失踪後も待ち続けていた。 宇宙社学芸出版部勤務。

麻田妥馬(やすま) 麻田布満の兄、3歳年上。 日夜新聞社図書編集室文芸部部長代理。
大庭宗昔(むねとき) 麻田布満の母方の伯父。 小説家、批評家。
大石誠一 麻田布満の心友。 中学から大学の同期同窓生。 布満の失踪後、鏡山市の車中で布満を見かけた。
崎村静雄 麻田布満の心友。日常新聞社文化部副部長。 8−9年このかた一つの冤罪事件(橋本勇二)に深く関わっている。

高杜公明(きみあき)
本名 重松辰巳

批評家、ドイツ文学研究者。布満が失踪の少し前、文芸ジャーナリズム世界から消えていた。 布満に全てを話すと鏡山県志摩市に来てくれるよう依頼されるも姿を見せず。
橋本勇二 家電販売明光堂の店員。 布満もよく知っている。 強盗致死の疑いをかけられている。

丹生持節
 (にふよしとも)
娘 双葉子

西海大文学部英文科元教授、海濱学舎塾頭。
双葉子は持節の娘。
宝満市での秋山信馬の生活に深く関わっていた。

野呂秀次 臨海タイムズ社の社員。 殺人事件の容疑をかけられている。


物語の概要: 図書館の紹介文より
(上巻)
  1985年7月、麻田布満という28歳の青年が失踪した。 97年4月、布満は北海道釧路市郊外の病院で目を覚ます。 旅館の出火で救助された宿泊客「秋山信夫」として。 12年間の記憶を失った男は…。

(下巻)
 「冤罪・誤判」と言われるふたつの殺人事件を通して、人間・社会のあるべき姿が描かれる。 人生観、社会観、世界観ないし現実認識、大西文学の現到達点がここに。 9年ぶりに刊行、 待望の最新長編小説。


読後感:

 きっかけは三浦しをんのエッセイ「三四郎はそれから門を出た」にあった作品の中でこの作品も食指が動いたものである。“明晰な論理展開と謎が解明されていくスリルが心地よく「人間はどうあるべきか」を小説という形で追求”と評されていたものである。

 最初の方の失踪事件と12年後に覚醒した時の12年間の記憶喪失の謎に迫る様子はまさに大岡昇平の「事件」の語りを彷彿とさせていてこれはおもしろそうと読み進めて行くも、どうもひと味もふた味も異なる気がしてくる。何と言ったらよいのか、表現に困るのだが、えらく理知的、概念論的、精神論的、文学論的で難解な内容に思えてくる。でも時には推理小説的でおもしろく中断することもなく読み進むことが出来た。著者のこともよく知らなかったし、名前の巨人という名も堅苦しそうな作家のようだ。

 麻田布満の失踪事件と並行して、“橋本勇二さんの再審を求める有志の会”の殺人事件が絡んできて、どういうことになるのか、下巻も読まざるを得なくなった。下巻の装丁は上巻が黒でなにか銅版画のような模様がついているのが、鮮やかなレッドの装丁になり、いよいよ核心に迫ってくるようでこの表紙を見るだけで引き寄せられてしまった。

 下巻ではもう一つの冤罪に絡む(?)殺人事件がおこり、その被告人のアリバイ証言を求められることとなり、旧症状と新症状と言う言葉も出てきて、なんだか判らなくなる。
 逆行性健忘(過去の記憶喪失)の回復が途中で起こり妻琴絵、丹生双葉子、さらに深松たをやめという又従従姉妹との関係が出てくることになるとどういうことになるのか。
 とにかく普通の推理小説とは異なるこの作品、なかなか難解な種類のものであることは確かである。

 物語は二つの殺人事件のアリバイに関する結論が出、やっと麻田布満・秋山信馬が12年間の宝満での生活とそれ以前の東京での生活における琴絵と双葉子との「生の根源的問題」に向かい合うところで新たな展開が・・・。
 ここにもチェーホフの「犬を連れた奥さん」の作品が出てくる。とにかく色んな作品が出てくるし、文章表現は難解なものもあり、なかなか骨が折れる。やっと読み終えることが出来たと言うのが実感である。

   
余談:

 作家には色んな作家がいると改めて感じる。 この作家の作品を読むと、凡人ではつとまらないと。 どういう頭の構造をしているのか?感心することしきり。 「神聖喜劇」 なる長編作品をいつか読んでみたいと思った。
(「群像」創刊50周年企画<私の選ぶ戦後の文学ベスト3アンケート――文芸評論家51名による>では、 「神聖喜劇」 が埴谷雄高の 「死霊」 に次いで第2位、作家部門でも第6位。 とある。)

                  背景画は本書の下巻の内表紙を利用。             

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