大岡昇平著 『事件』

                
2007-05-25

作品は、 大岡昇平全集第6巻 小説X (『事件』)筑摩書房による。

                   
 

1995年(平成7年)2月発行
1978年(昭和53年)3月、日本推理作家協会賞受賞作品。
本作品は朝日新聞に「若草物語」として1961−62年(昭和36−37年)に連載され、1977年(昭和52年)に「事件」という題で新潮社より刊行された。著者が日本の裁判及び裁判制度を描いた部分が、納得できる水準まで直しきれていないということによったことが解説にあった。

物語の展開:
 神奈川県高座郡金田町で起きた、宏少年(19歳4ヶ月)による刺殺事件。恋人の姉ハツ子(少年の3つ年上)が、妹トシ子(宏の恋人)が妊娠し駆け落ちして赤ん坊を生もうとするのを止めさせようとしたことに反発、殺人死体遺棄した。その裁判の模様が第一回公判から結審するまでを時間の経過と共に克明に再現する。
 日本の裁判制度の実態と問題点がクローズアップされ、裁判官による合議シーンも描かれる本格的裁判小説である。

本事件の裁判に於ける主な登場人物

裁判官

西本横浜地裁の裁判長54才。菊池より6年先輩。野口判事補33才(主任裁判官 右陪席)勤続7年。
矢野判事補(左陪席)

検事 岡部検事45才、去年広島検察庁の刑事部2年から横浜地裁公判部に転任。(刑事部は警察を指揮して被害者の尋問、証拠集めに従事、起訴状を書くところまでを分担。一方公判部は裁判での検事役、訴追を行う。)
弁護士

菊池弁護士48才。3年前、20年勤めた判事を辞任したばかり。花井教諭の遠縁に当たる。この小さな事件にしては不相応な位の弁護人である。
協力者 花井教諭(宏の中学校時代の先生。宏がこのようなことをする人間とは思えない。)

被告人

上田宏19才4ヶ月。ハツ子を登山ナイフで刺殺し、死体を遺棄したことを認めている。
ハツ子の妹ヨシ子と愛し合い、妊娠していたので二人で育てようと駆け落ちを実行しようとしてしていた。

被害者 姉ハツ子。東京ではキャバレーのホステスをしていたが、金田町に戻り、飲食店を経営している。宮内とも縁が切れず、関係は続いていた。妹ヨシ子が妊娠しているのを知り、中絶を強いている。
証人

・宮内辰彦、ハツ子の情夫。土地では札付きのゴロ。
・大村吾一 第一発見者

読後感

 
日本に裁判員制度が2009年(平成21年)5月から開始される予定であるが、この物語は裁判がいかになされていくのかを、具体的事件で展開するので、多いに参考になる。その中では、アメリカ・イギリスでの陪審制、フランス・ドイツで行われている陪審制についても述べられている。

 また、よくドラマや推理小説などの場合の違いなども記されていて、実際の裁判のことがよく判る。そして裁判官、検事、弁護士の個々の確執、人となり、役割分担の実際など、非常に興味深く語られている。しかも、事件の展開が推理小説もどきの面白さもあり、グイグイ引き込まれていく。

 裁判官に対する心証がいかに大切か、裁判官によっていかに判断が変わる恐れがあるか、取り調べる人間の精度の問題、自白の信憑性など、小さな事件とはいえ、殺人が絡む裁判ゆえに、ちょっとしたこと(どちら側に情がいくか)で判決は多いに変わりうる恐れを感ぜずにはいられない。

 また、判決の結果、被告が判決の結果で違った精神状態に陥ったこと、どうしても隠し通さずにはいられないことがあったことが出てくる場面はなんとも痛ましい。
・判決のよりどころの個所は参考になった。
・未拘留日数の算入とか、訴訟費用の負担とか日頃疑問に思っていることも参考になった。
・2年から4年の不定期刑の意味、判決時の20才以前か否かの刑の意味合いなど多々参考になった。

   

余談:
 何かの本で、「大岡昇平の本を読んだことがないって?」というようなことを見たことがある。名前は知っているが、いつか読んでみたいと思っていた。 この大岡昇平全集は本のサイズ(単行本サイズ)といい、文字の大きさ、行間の適度さ(行間によって言葉のもつ雰囲気というか、情緒が漂っている感覚というのがある。 狭すぎても駄目。 広すぎたらもっと駄目。)がしっくりとしていて嬉しい。



                               

戻る