奥原 光著 『 雪の階 』




              2018-06-25


(作品は、奥原光著 『雪の階』(ゆきのきざはし)    中央公論新社による。)

          

 
 初出 「中央公論」2016年3月号〜2017年10月号 単行本化にあたり改稿。
   本書 2018年(平成30年)2月刊行。 

 奥原 光:
(本書より)
 1956年山形県生まれ。86年「血の鳥天の魚群」が「すばる」に掲載されデビュー。93年「ノヴァーリスの引用」で野間文芸新人賞、94年「東京自叙伝」で谷崎潤一郎賞を受賞。他の著書に「「吾輩は猫である」殺人事件」「グランド・ミステリー」「坊ちゃん忍者幕末見聞録」「シューマンの指」「ビビビ・ビ・バップ」など多数。12年より芥川賞選考委員。近畿大学教授を務める。      

主な登場人物:

<笹宮家>関係

笹宮邸は書院造りの母屋とふたつの銭湯と広いテラスのコロニアル様式の洋館(後添えの瀧子の強い要望で建つ)が渡り廊下で結ばれている。離れ家では惟重が「執務室」として政界の人物達との会合に使用。

惟佐子(いさこ)

女子学習院高等科の学生、20歳。同窓生の間では‘変な人’との評判。囲碁、探偵小説が趣味。普段は無口で父親の命令に決して逆らわず従順に振る舞いながら我を通す。母屋に住む。

父 惟重(これしげ) 貴族院議員で伯爵、53歳。天皇機関説排撃の急先鋒。爵位と共に受け継いだ資産を食いつぶしつつあり、瀧子の実家が経営する企業の重役の地位を与えられている。母屋に住む。ドイツ贔屓で有名。
生母 崇子(たかこ)

白雉家の末娘。笹宮惟重と結婚時兄の博允はまだ東京帝大の学生。惟佐子を出産後2ヶ月ほどで亡くなる。

息子 兄 惟秀(これひで)
義兄 惟浩
(これひろ)

・惟秀 陸軍士官。惟佐子より12歳年上。
・惟浩 瀧子の子。惟佐子の5歳年下。洋館に住む。

後添え 瀧子(たきこ)

藤乃の死後、重石がとれ笹宮家の改革に熱を上げる。洋館に住む。実家は神戸で海運や造船などの事業展開、裕福。

祖母 藤乃(ふじの) 惟重の母親。

伯父 白雉博允
(はくちひろみつ)

10年ほど前ドイツに渡り、ドイツ学芸界で活躍。カルトシュタインと親しい。
宇田川寿子(ひさこ)

父親は帝大教授の令嬢。女子学習院本科卒後、目白の日本女子大英文学を学ぶ、笹宮惟佐子とは学校別々になってかえって交際深まる。藤の青木ヶ原樹海で死体が発見される。妊娠していた。

木島柾之(まさゆき) 宮内省の人間。日独文化交流協会の事務局。
フリードリッヒ・カルトシュタイン ライプチッヒ音楽院で学んだ音楽家。松平侯爵邸の演奏会でピアノを演奏。笹宮惟佐子に注視の視線を・・・。
牧村千代子 「東洋映像研究所」の新米女性写真家。笹宮惟佐子の「おあいてさん」、女学校の2年目になり任を解かれる、惟佐子の3つ年上。
蔵原誠治 「都朝報」の記者。築地「岡村」の日独文化交流協会主催の会で笹宮惟佐子を取材。
久慈亮一 中尉。実家が寺の、小柄な士官。惟佐子に昭和維新を語った男。富士の樹海で寿子と二人の死体が発見される。
槇岡貴之
(まきおかたかゆき)

久慈中尉の友人。宇田川寿子と久慈中尉を結びつける媒介になった人物。折り目正しい制服の近衛士官。

山口清太カ 日光駅前の団子屋の主人。辞めた後探偵に。
清漣尼 鹿沼の紅玉院の尼僧。霊視力を有していると有名人が訪れる。その素性は・・・。

伊地知幸平
息子 春彦

群馬県出身の政友会における天皇機関説糾弾の先鋒。総理を目指している。出自は貧しいが、陽性。笹宮に入閣約束。
・春彦 惟佐子の縁談相手。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)
 
 昭和10年、春。女子学習院高等科に通う華族の娘・笹宮惟佐子は、遺体で見つかった親友・宇田川寿子の心中事件に疑問を抱く。調査をたのまれた新米カメラマンの牧村千代子は、寿子の足取りを辿り、東北本線に乗り込んだ…。ミステリーロマン。   

読後感:

 流れるように連なって続く文章の流れに感激。短文でびしびしと展開する作品もまたいいが、流麗に流れるような文章、難しい漢字(一応ふりがながあるので助かる)がどんどんと出てくる、この語彙の豊かさもうらやむばかり。
 
 内容はと言うと、昭和10年頃の世の中が難しい時代なのに、展開はそれを感じさせないロマンな雰囲気と、時にユーモア溢れる描写に長編小説を感じさせないで、わくわくする気持ちで読んでいってしまう。
 その訳は笹宮惟佐子のキャラクターとそれと同じく牧村千代子のキャラクターと言える。惟佐子の従順なようでしっかりと自分の思い通りに誘導してやまない変わり者の姿。

 千代子の、蔵原とのデコボココンビかと思わせる微笑ましいやりとりとその行動ぶり。千代子が密かに思いを寄せながらもお互い事件の話でしかかみ合わない微笑ましいやりとりにほっこり。
 当時の時代を反映して展開する物語も興味をそそる。笹宮伯爵の吐く言葉は激しく影響もあるが、組織の蚊帳の外にいる自分を感じて悶々とする所、息子の兄の惟秀の陸軍での立場が上がっていくのに対し、長らく接触することなくいることにも父親の悲哀が感じられる。

 さて、心中事件の惟佐子と千代子の犯人捜しはいよいよ佳境に入り、槇岡貴之の惟佐子宛ての手紙に書かれた事件の真相は果たして本当なのか・・。事件のキーポイントとなる鹿沼の紅玉院の清漣尼の素性は・・。
 ラスト、昭和11年2月26日の二・二六事件をバックに白雉家の血を受け継ぐ人々が持っていたものは?
 事件の真相はラストまで明らかにされなかった。
 牧村千代子と蔵原の会話はこの長編物語に一服の清涼剤になっているのは間違いない。 
余談:

1.華族社会の階級に戸惑うので一応調べておいた。
  華族とは公・侯・伯・子・男の爵位を持つ者およびその家族。
   順位としては公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵。
2.天皇機関説についても(出典 ネットの“世の中をわかりやすく”より)
  明治維新により江戸時代が終わり、混沌の中から確立した近代日本が、一近代国家として船出をするにあたって、日本という国にとって「天皇」という存在をどのように解釈し、位置づければいいのかという問題に直面しました。
 そこで生まれたのが「天皇機関説」という考え方でした。これは、大日本帝国憲法下での「天皇」の意義や権限に関する憲法解釈学説の一つになります。
 この天皇機関説は、「天皇主権説」という考え方と対立関係にあり、天皇主権説を採用する論者の側からは不敬であると非難を受け、喧々諤々の議論が戦わされました。
 ちなみに、昭和天皇は、天皇機関説を支持しておられたことも有名です。
 では、その内容についてわかりやすく解説しましょう。

 まず、天皇主権説から見ていくことにしましょう。
 天皇主権説では、天皇を絶対権力者である主権者と見なし、天皇の下に国家が存在していると捉えることで、天皇の完全なる支配下に議会や内閣を位置づけました。
 つまり、天皇は国家に属する存在ではなく、国家を超越した存在だと言うことです。
 それに対し、天皇機関説では、「天皇」は国家に属する一機関と考えるわけです。
 一機関というのは、例えば、警察が国民の安全を守る一国家機関である、というように、何かの役割を持った組織といったような捉え方です。

 この考え方を提唱したのは、美濃部達吉という憲法学者でした。
 美濃部は、国家をひとつの法人とみなし、主権はあくまで法人たる国家にあって、天皇を議会や内閣と同様の国家機関の一つとして解釈しました。
 そして、天皇をあらゆる機関の中での最高機関と位置づけ、内閣や議会は最高機関を輔弼(ほひつ)する補助機関と解釈したのでした。
 ですから、「不敬」と言われるほど「天皇」の存在を軽視したわけではないのです。といいますか、天皇の存在を敬う気持ちは「最高機関」とする点によく現れているといえ、むしろ、社会の実情に合わせて良く練られていたのは、天皇機関説の方でした。 

背景画は、森・木をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

           
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