緒川怜著 『サンザシの丘』






              2010-08-25





   (作品は、緒川怜著 『サンザシの丘』   光文社 による。)


                
 

 2010年(平成年)5月刊行。

 緒川怜(おがわ・さとし):

 1957年生まれ、東京外国語大学卒業。本書「霧のソレア」(応募時のタイトル「滑走路34」を改題)で第11回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞しデビュー。

主な登場人物:

倉沢雅之
(まさゆき)
妻 亜希子

警視庁捜査一課殺人犯捜査9係の主任刑事(警部補)。妻の亜希子は弁護士、中国孤児の裁判で小さな正義ひとつを貫こうとしただけなのに、雅之は組織を取ったことから離婚に。その時期から自律神経の混乱を抱えるようになり、警察には内緒の不安障害と診断されながら、田園調布の殺人事件の捜査本部に詰めている。
篠田純一 田園調布署刑事組織犯罪対策課の巡査。倉沢の相棒。

城島清澄
妹 佳子

母親の城島春子は終戦の年中国吉林市の難民収容所で保護され、20代の初め結婚、日本に永住帰国を果たすが、夫の順応上手くいかず、14年前子供ふたり(清澄と佳子)を残し両親は無理心中。
ふたりは「希望の園」に入所、清澄は中学卒業と同時に自動車整備工場に見習いとして住み込む。13年前勝浦に釣りに行った清澄は姿を消す。一方妹の佳子は美人で、園長の息子のお気に入り。

青山由紀夫 雑誌“裏技NIPPON”にアルバイトで記事を書いていた文才のある男。その雑誌が沢井絵里子の殺人現場にあった。犯行現場の遺留指紋一致。写真を嫌い、世間から身を隠している風。
野口麻由美 田園調布事件の通報者。スナックのオーナーママで、被害者の雇い主でもある。離婚経験者。
沢井絵里子 殺人事件の被害者。野口麻由美のスナックに勤める。

藤原清志
息子 靖
(やすし)

児童養護施設「希望の園」の園長。体罰・虐待で痛めつけられた児童らの児童相談所への集団駆け込み事件で逮捕される。
息子の靖は当時28−9歳“最低のエロ息子”と言われる。

佐藤伸夫
(劉喜強)
青山由起夫を匿ったことのある男。自らをチャイナマンと呼び、アルコール中毒症も現れ、五反田のホテルでの立てこもり事件で捕まる。“殺人は好かない”と訳の分からない言葉が・・・
森島可南子 「希望の園」出身。 倉沢たちに当時の園の様子を語ると共に、佳子とのことも告白。


物語の概要:

 なぜ女は殺されなければならなかったのか、男には帰る場所がなかったのか…。 「霧のソレア」の著者が社会派推理小説の興奮を現代に甦らせる。 社会に翻弄される名もなき人々の悲劇を哀感を込めて描いた傑作。


読後感:

 読んでいるとふと松本清張の「砂の器」や水上勉の「飢餓海峡」といった作品の雰囲気を感じてしまって、さらっと読んでしまうには惜しい気持ちになってしまう。
 殺人犯の城島清澄の行動を追い求めるうちに次々と明るみに出てくる中国残留孤児の問題、親に見放された孤児の問題、施設の運営の実態問題、戸籍の売買の問題そしてパニック障害を持つ刑事の不安、正義の気持ちなど社会に存在する色々なことが絡み合ってこの推理小説が出来上がっている。

 城島清澄の生い立ち、殺人を起こさなければならない事情を知るに従い、刑事倉沢の中に芽生えてくるやるせなさ、最後のところでやっと脚光を浴びることが出来るようになろうとする場面での結末。
 自分の本当の名前さえ知らない、自分が誰なのか、何者なのかわからない母親の腹から生まれ出た男。“わたしは日本人であって日本人でない。それどころか何者でもない”と語った男の最後の姿。
サンザシの樹の語感、花言葉“希望”そして本の装丁のフォトがこの作品の格調を高めている。



   


余談:
 
 本HPの原稿で奇しくもベースに選んでいたのが水上勉作品の「飢餓海峡」のものだった。作成に当たっては読んでから2ヶ月くらい経っているので、覚え書きなどを読み返しながらどんな内容だったか確認する作業も楽しい。
 

背景画はサンザシのフォト(バラ科、サンザシ属。花は4〜5月開花で野バラのような白色。9〜10月に赤く熟す果実も美しい)。

                               

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