初出 1999年4月から2000年3月まで静岡新聞に連載の作品に加筆訂正したもの。 2000年12月刊行
乃南アサ: 1960年(昭和35年)東京生まれ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、作家活動に入る。96年(平成8年)本書「凍える牙」で直木賞受賞。 ・巧みな人物造形、心理描写が高く評価されている。
主題は刑事であった奥田勝が結婚式を控え、相方の韮山先輩刑事の娘のぶ子の殺害事件で容疑者として姿を消す。婚約者の藤島萄子は事件の後、勝からの「忘れて欲しい」との電話だけでは理由がわからず、勝の足取りを追う。 藤島萄子の家庭、韮山刑事の家庭、そして萄子が追う先々での関わりを舞台に物語が展開するが、この作家の物書きの技量はたいしたものである。 単調に流れがちなのが、人物像の描写、風景や事象の描写、心の中の動き、その様が実に生々しく表されていて、ぐいぐいと読者を引きつけていく。 先に読んだ「風の墓碑銘」、「凍える牙」に出てくる音道貴子と滝沢保刑事のコンビとは異色の韮山刑事の人物像はまた違った哀愁を感じさせる。 なかに「飢餓海峡」の章が出てきて、以前読んだ水上勉の作品の思いがかぶさってきたが、映画といい、小説といい、思い出されていっそう感傷に浸った。 また、話の時代が東京オリンピックが開催された時期(昭和39年10月開催)を中心に2年ほどの出来事が掲げられていて、当時の世相を思いだし、懐かしくそんな時代だったんだなあとそのことも印象に残った。
背景画は作品の最後の方、台風が襲う沖縄のサトウキビ畑をイメージして。