乃南アサ著 『涙』 






                
2009-05-25




 (作品は、乃南アサ著 『涙』 幻冬舎による。)

            


初出 1999年4月から2000年3月まで静岡新聞に連載の作品に加筆訂正したもの。
2000年12月刊行

乃南アサ:
 
1960年(昭和35年)東京生まれ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、作家活動に入る。96年(平成8年)本書「凍える牙」で直木賞受賞。
・巧みな人物造形、心理描写が高く評価されている。

<主な登場人物>
 
藤島萄子 2ヶ月後に結婚式を挙げる約束の幸せ絶頂の時に、勝から「俺のことは忘れてくれ」と電話を受け、理由がわからず姿を消した勝を追って各地を探し回る。
韮山幸助 警視庁初台署刑事、定年まで後1年足らずの54歳。病弱の妻寿々江に代わり、一人娘ののぶ子がなにかと家のことを切り盛り。そののぶ子は奥田勝のことを好いていることを韮山は知らなかった。そしてのぶ子が暴力を受けて殺害され、勝の遺留品が残されていたため、退職して勝を追う決意をする。
奥田勝 韮山刑事の相方の刑事だったが、のぶ子の殺害現場に定期券が残されていたことと、姿を消したことで警察から追われることに。
柏木淳 萄子の兄正一郎の大学時代の後輩。萄子を蔭で慕っている。


<読後感>

 主題は刑事であった奥田勝が結婚式を控え、相方の韮山先輩刑事の娘のぶ子の殺害事件で容疑者として姿を消す。婚約者の藤島萄子は事件の後、勝からの「忘れて欲しい」との電話だけでは理由がわからず、勝の足取りを追う。
 
 藤島萄子の家庭、韮山刑事の家庭、そして萄子が追う先々での関わりを舞台に物語が展開するが、この作家の物書きの技量はたいしたものである。
 単調に流れがちなのが、人物像の描写、風景や事象の描写、心の中の動き、その様が実に生々しく表されていて、ぐいぐいと読者を引きつけていく。
 
 先に読んだ「風の墓碑銘」、「凍える牙」に出てくる音道貴子と滝沢保刑事のコンビとは異色の韮山刑事の人物像はまた違った哀愁を感じさせる。
 なかに「飢餓海峡」の章が出てきて、以前読んだ水上勉の作品の思いがかぶさってきたが、映画といい、小説といい、思い出されていっそう感傷に浸った。

 また、話の時代が東京オリンピックが開催された時期(昭和39年10月開催)を中心に2年ほどの出来事が掲げられていて、当時の世相を思いだし、懐かしくそんな時代だったんだなあとそのことも印象に残った。



   


余談1:
 作家の描く場面を考えると、「涙」での熱海付近の描写、今読んでいる「鎖」の熱海の廃墟での捜査といい、やはりなじみの場所を使うことが多くなるのではと、これも読書のおもしろみかも。

                  背景画は作品の最後の方、台風が襲う沖縄のサトウキビ畑をイメージして。             

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