乃南アサ著 
           『花散る頃の殺人』、
    『 未練 』、
『 鎖 』
                        −女刑事 音道貴子


                
2011-06-25


(作品は、乃南アサ著『花散る頃の殺人』、 『未練』 以上文春文庫、 『鎖』 新潮文庫による。)

       
     
      

『花散る頃の殺人』
 初出 1999年(平成11年)1月新潮社より出版。
 本書 2001年(平成13年)8月刊行。
     ・あなたの匂い  ・冬の軋み      ・花散る頃の殺人 
      ・長夜      ・茶碗酒       ・雛の夜

『未練』
 初出 2001年(平成13年)8月新潮社より出版。
 本書 2005年(平成17年)2月刊行。
      ・未練     ・立川小物商殺人事件  ・山背吹く
      ・聖夜まで   ・よいお年を      ・殺人者

『鎖』 
 初出 2000年(平成12年)12月新潮社より出版。
 本書 2003年(平成15年)12月刊行。

乃南アサ:
 1960年(昭和35年)東京生まれ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、作家活動に入る。96年(平成8年)本書「凍える牙」で直木賞受賞。
・巧みな人物造形、心理描写が高く評価されている。

<主な登場人物>
 

音道貴子(32歳)
妹 行子
(30歳)
妹 智子
(27歳)
両親

警視庁第三機動捜査隊立川分駐在所勤務の巡査。離婚歴有り。
マンション一人住まい。
両親は浦和在住で父親は定年間近。行子と智子ふたりとも独り身。
(「未練」の ・よいお年を で行子は新婚中。)

同僚

・大下係長(警部)
・芳賀主任(警部補)
・藤代主任(警部補) 芳賀主任の後任。
・八十田(巡査部長)、貴子の相方。3つ年下。
。富田(巡査部長)

羽場昂一 家具デザイナーの椅子職人。貴子にとって心の拠り所の大切な彼氏。
「未練」
安雲(あすみ) おかま、貴子の気のおけない友達。<at 未練>
鳴島真弓 音道貴子とは中学、高校時代の頃の親友。宮城県の外れの小さな旅館の若旦那と結婚。三人の子供がいる。貴子が何をする気にもなれず、何を考えるのも嫌で、半ば逃げるような気持ちで真弓の旅館を訪れて・・・。
<at 山背吹く>
添田知美

音道貴子が警察官として初めて現場に出た時に、何かと世話になった10年来の付き合いのある先輩。几帳面。警察官と結婚、尚人(7歳)とさとか(歳)の子供がいる。
結婚後貴子の知らない面に信じられない思いが・・・。
<at 聖夜まで>

「鎖」
星野刑事

警視庁の刑事、警部補。「占い師殺人事件」の捜査本部での相方。
共にバツイチから貴子に言い寄るが振られたことを恨み、貴子に嫌がらせをして、貴子を窮地に陥れることに。

滝沢刑事
相方 保戸田

警視庁の刑事、警部補。20数年ぶりに警視庁の特殊班に移動、行方不明となった音道貴子の捜査に加わる。
星野に揶揄される音道を弁護、星野をつるし上げ音道救出に骨を折る。相方の保戸田は若いが滝沢と息のあったコンビ。

中田加恵子

ひったり被害にあった時音道貴子がかかわったことがある。以前は看護婦であったが、堤と知り合い、家を出る。男は占い師殺しの主犯格、音道貴子との接触から拉致監禁へと。
加恵子の人生を聞き音道は説得するが・・・。

犯人側

・若松雅弥 元関東相和銀行立川支店勤務。儲け話の立案者。
・井川一徳 年長者。
・堤健輔 殺しの実行犯。
・鶴見 ボクサー上がりの若い男。
・中田加恵子 


<物語の概要> 図書館の紹介文より

「花散る頃の殺人」
 警視庁機動捜査隊・音道貴子。32歳、バツイチの彼女の前に現れる、病んだ都会の犯罪者と犠牲者たち―貴子のゴミを狙う変質者、援助交際の女子高生を襲う連続暴行魔、ホテルで怪死した熟年夫婦などの事件をめぐる、女性刑事の捜査と日常を描く会心の連作。

「未練」
 機動捜査隊員音道貴子のふさぎ虫は、出喰す事件が原因だ。何の因果でこんな男が、何の巡り合わせであの友人が…。6篇の珠玉を収めたシリーズ第2弾。 (文庫本の裏) 好評の音道シリーズ短編集第二弾。

「鎖」
 いったいここはどこなのか。どうすればこのデッドロックを抜け出せるのか。予測不能。孤立無援。限界。音道貴子の絶望的奮戦6日間。直木賞『凍える牙』に続く第2弾。



<読後感>

「花散る頃の殺人」
 ご存じ音道貴子のあの「凍える牙」の魅力にひかれ、連作小説らしいこの作品を手にした。日常のさほど大事件とはいえないがよくある事件や出来事に男世界での不合理なことや不満、人間関係の煩わしさを不快に思いながらも丁寧に描かれる日常生活がやはり平穏であることのありがたさを感じてしまう心やすらかさを覚える作品である。
 こういう作品にも最近は良さを感じる年頃になってきたのかも。

 ちょうど同じ時期に、再度高村薫の「レディ・ジョーカー」を読み返しているが、こちらはずっしりと胸に響いてくる粗々しくもやるせなさが響いてくるのと対照的に、ほっとする感傷がわき起こってくる。

「未練」
 この「未練」という作品の連作はそれぞれの話がかなり意味深なテーマを描いていて、珠玉を集めた作品というのが当たっている。
 なかでも「山背吹く」と「聖夜まで」が印象深い。「山背吹く」では音道貴子がスランプにおちいり自信も生きる力も何もかもなくしてとにかく単純なことに没頭して他のことは考えたくない状態をよしとする姿。それがふとした事件で警察官であることに誇りを見出す姿が描かれている。

 また「聖夜まで」では、尊敬までしていた先輩の信じられない変化にどう対していいのか判らなくなる貴子。そんな貴子を昂一という貴子の大切な人が懐深くやんわりと受け止め元気づけてくれる様子は暖かい。

「花散る頃の殺人」といい、「未練」といい共通しているのは廻りの風景とか、周囲の動きといったちょつとした細部に感じる感性を音道貴子が持ち合わせていて日頃の殺伐とした事柄をそれが生きる支えになっているよう。

「 鎖 」
 前半の音道貴子と憎まれ役の相方上司星野の嫌がらせに対するやりとりに音道貴子の性格が鮮やかにあぶり出され、そして星野に対する悪を懲らしめる滝沢の登場や、取り調べには定評のあるという柴田係長の言葉が胸をスカッとさせる。

 またベテランの柳沼主任が星野や音道が追求しても聞き出せなかった関東相和銀行立川支店の木下次長から架空取引口座のことを聞き出した時のやり方を教えを請うた時に「俺らの仕事は、結局、人間が一番だから。あんたは、あんたの年齢で、あんたなりのやり方で、精一杯に人を見ることだね」と諭されるところなど、心憎い扱いである。
 
 後半になるとクライマックスは犯人側が立てこもる側での精神がぼろぼろになる寸前の音道の有り様と警察側の滝沢たちのいらだち、そして滝沢と音道との電話を通しての会話のやりとりであろう。
 音道のとんちんかんとも思わせる返答ぶりが痛ましい。本心か芝居なのか分からない状況に対し、滝沢の硬軟織り交ぜた励ましが伝わったのかどうか。
 なかなか読ませるところである。

 最後に音道が中田加恵子に示す誠意も心憎いところである。「凍える牙」で感じられた音道貴子の人気の秘密も健在である。
   

余談1:

 長編小説の間のこういう短編小説では長編小説の裏話というかその間にあったこととか、その後に起きたこととかが話題になっていて、その作家を知る上に参考となることが多い。
「山背吹く」の貴子が一週間も休暇を取ってどこかに気分転換のために出かけたのも「ある事件の人質として一週間監禁されたことによる。極限に近い緊張を強いられ、何をされるか分からない恐怖と戦いながら、日増しに疲労し、追いつめられるうち、それまでの価値観も、自分にとっての正義も、何もかもが分からなくなった」と記されている。
 これは「鎖」という作品のことを指しているのだなあと思った。


余談2:

 なるほど音道貴子という女刑事を扱った長編、短編併せて作品集を読んでみてこのシリーズに示される音道貴子並びにそれを通して乃南アサという作家の一端を知る思いである。“作家を知るためにはその作品をずっと読むことである”と聞いたことがあるがなるほどと思う。

背景画は熱海の廃墟シーンを想像して。   

        

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