西木正明著  『凍れる瞳』





                2013-08-25
 
 (作品は、西木正明著 『凍れる瞳』 (しばれる ひとみ)   文藝春秋による。)

               
 

初出:凍れる瞳  「オール読物」 昭和63年5月号
   頭領と親友 「別冊文藝春秋」昭和57年160号
   夜の運河  「別冊文藝春秋」昭和58年164号
   端島の女  「別冊文藝春秋」昭和60年172号
本書 1988年(昭和63年)5月刊行。
 

西木正明:(本書より)

 昭和15年秋田県生まれ。早稲田大学教育学部中退。55年「オホツーク諜報船」58年「夜の運河」63年「ユーコン・ジャック」で直木賞候補となる。著書に「オホーツク特急」「スネーク・ヘッド」「ふりかえれば、サバンナ」などがある。 

 主な登場人物:

◇凍れる瞳
(しばれる)
スタルヒンの命日に孫娘の礼子と祖母の良子が毎年銅像に華を手向けに。許嫁の田原完治とスタルヒンの逸話を礼子に語る。
太田礼治
妻 秋子
 (旧姓 藤堂)
娘 礼子
 (18歳)
札幌市内のデパートに勤務。藤堂良子の娘秋子と結婚。
母(良子)の夫が倒れ、母は旅館をたたんで秋子たちの市営住宅で同居する。母は孫娘の礼子を伴って毎年1月12日のヴィクトル・スタルヒンの命日に、旭川にあるスタルヒン球場の銅像に華を手向けに訪れている。
藤堂良子
夫 利助
(没)
美瑛で藤堂旅館を営んでいたが、夫の死後札幌の秋子と同居するようになる。
田原完治 藤堂良子の婚約者。野付牛中学時代(昭和8年)スタルヒンと投げ合って、ノーヒットノーランをきす。軍人、函館第一俘虜収容所室蘭分所長に。戦後B級戦犯として死刑判決を受ける。
◇頭領と親友 マタギの世界の年を重ねての変化と悲しい結末。
高杉清作
 (67歳)
秋田の阿仁町晩鳥内地区のマタギの頭領を10年前から務める。
綿引武
 (43歳)
妻 八重子
阿仁警察署中原駐在所に24年勤務。村の世話役として重宝がられる。
江上岩三
 (64歳)
呼称 ガンゾウ。元々マタギ、鉄砲の腕は下手、腕力でカバー。
◇夜の運河 タイ出身の娼婦と店のマスター大石実の運命・・。
荒井和行
 (58歳)
妻 トシ子
埼玉県の大宮で「アライ」という電気工事店を営む。
町内会の旅行でバンコクに行った夜・・・。
大石実 バー「アユタヤ」のマスター。若い頃は父のサバ一本釣漁船に乗っていた。サバまき網漁船とのトラブルで廃業、水商売に。
クムサット・アラム(18歳)
チリキット・ナムクン
 (24歳)
タイ出身、大石実に請われてふたり日本に来る。
アラムは、娼婦の母親が父親は日本人といい、父親探しのため日本に。いつも人を小馬鹿にしたようなところが人気。
ナムクンは痩せているが気力でせっせと金をためるために頑張る。
◇端島の女 端島(通称軍艦島)の炭鉱で育った女が北の山峡湯ノ沢での経験を経て、再び廃墟の端島を訪れる。

岡部諄子
 (じゅんこ)
 (39歳)

端島で生まれ育ち、祭りの日に母が倒れてひとりに。その時知り合った池原と結婚、湯ノ沢に。
父はケツワリ(炭鉱を渡り歩く抗夫)であったが、母と二人で端島に移り住む。父は台風で波にのまれて行方不明に。
池原耕作 北の山峡湯ノ沢出身、端島の炭鉱にいたとき諄子と知り合う。

読後感 

・凍れる瞳 第19回全道中学校野球大会でのスタルヒンのノーヒットノーランの話にまつわり、ノーアウト満塁での相手方の投手であり、四番バッターである田原完治の行動は、本人のミスなのか、スタルヒンへの下卑たヤジに対して思いがあったのかは定かでない。がスタルヒンの方ではこの出来事がその後の運命を変えた出来事と受けとめ、助命嘆願に奔走したということを後で知る事になった藤堂良子。
 昔の生き様を孫娘に知っておいて欲しいと願う祖母の姿がしみじみと伝わってくる。
 あとがきを見て取材作業をたたき台に内容は全くの創造の産物とあるのでその当たりは考慮する事に。

・夜の運河 タイ出身のふたりの娼婦の様子、サバ一本釣漁船の漁師の様子からバー「アユタヤ」のマスターへの転身、そしてアラムとの約束を実行した結果の悲しい結末。何故かその雰囲気が惹きつけるものがある。直木賞候補作品に選ばれる所以なのか。

・端島の女 全作に通じる事だが、物語の終わり方がハッピーエンド的でなく、むしろ冷たく突き放したような出来になっている。これもあとがきにあるごとく著者自身のひねくれた性格がなせる技らしい。「世間的に大成功した事柄や人間にはあまり興味がない。大多数の人間にとって、人生は挫折の連続だと思うし、それが人生だとも思う」とあった。

 しかしこの「端島の女」、登場するのが“軍艦島”と呼ばれる今は廃墟の島。全然知らなかった時にドラマか何かで異様な廃墟の島を見て、こんなセットをつくったにしてはすごいなあと思ったりした事があったが、実在する島で、それが舞台の小説は何とも興味を惹かれた。それだけでも読んだ価値がある。
 そして直木賞の選評を見て、自分もこの「端島の女」の方がしくりと来るように感じた。


余談1:
 本作品は直木賞受賞作品で、やはり選評が気になり読んでみた。「作者の人間への愛情」「魅力はそこに育った土地と人間の関係が鎖を引きずるように重く描かれているところ」「人間の体温が感じられる情感ただよう作品」「詩情」「ひたひたと地べたを歩くような女の生きざまが滲んできて心を惹かれた」と言った表現がなるほどと感じる。

余談2:
「頭領と親友」の作品には先に読んだ熊谷達也の「邂逅の森」に描写されたマタギに関する記述が大いに参考になって良く理解できた。作品的には「邂逅の森」の方がずっと新しいがこれも運というものか。
 背景画は「端島の女」の舞台となる長崎半島の横にある通称”軍艦島”のフォトを利用。 

                    

                          

戻る