夏川草介 『勿忘草の咲く町で』
〜安曇野診療記〜


              2022-09-25


(作品は、夏川草介著 『勿忘草の咲く町で』 〜安曇野診療記〜   角川書店による。)
                  
          
  
  
初出  窓辺のサンダーソニア      書き下ろし
       秋海棠の季節(「秋海棠の咲く頃に」を改題)
       「小説 野生時代」        2016年5月号
       ダリア・ダイアリー
       「小説 野生時代」        2017年5月号
       山茶花の咲く道
       「小説 野生時代」        2018年5月号
       カタクリ賛歌
       「小説 野生時代」        2019年5月号
       勿忘草の咲く町で        書き下ろし
  本書  2019年(平成31年)11月刊行。


 夏川草介
(本書による)

 1978年大阪府生まれ。 信州大学医学部卒業。 長野県にて地域医療に従事。 2009年「神様のカルテ」で第10回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。 同書は10年本屋大賞第2位となり、映画化もされた。 他の著書に 「神様のカルテ2」「神様のカルテ3」「神様のカルテ0」「新章 神様のカルテ」「本を守ろうとする猫の話」がある。 

主な登場人物:

[梓川病院]関係者 梓川の南側の小高い丘に建つ急性期病院とはいえ小病院。
月岡美琴 信濃大学医学部看護学科卒業後、小さな一般病院に就職。 その後梓川病院に。 3年目の看護師。
桂正太郎

信濃大学から1年目の研修医。 変わった先生の評判。
花屋の息子。

三島先生 副院長兼内科部長も務める古参の内科医。 「小さな巨人」のあだ名。
谷崎先生 循環器内科。 内科20年のベテラン。 独特な考えの持ち主。
島崎看護師 美琴の新人看護師指導責任者。
大滝主任看護師 長身、肩幅も男性並み、の貫禄ある容姿。美琴の5年先輩。
沢野京子 美琴の同期。 口は悪いが、悪意はない、性格、食の好み、髪の色から男性観に至るまでことごとく美琴と一致しないが、美琴にとって不思議なくらい気の置けない存在。

・遠藤医院長 「事なかれ遠藤」の評判。
・和田病棟師長 30年以上勤の古株中の古株。「ブリザードの和田」
・半崎美奈 看護師1年目。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 看護師の月岡美琴は松本市郊外にある梓川病院に勤めて3年目になる。 この小規模病院は、高齢の患者が多い。 その内科に、どこかつかみどころがない研修医・桂正太郎がやってきた。 生と死の在り方に悩み、向き合う研修医と看護師の奮闘を描いた連作短編集。

読後感:

 舞台は松本安曇野、小高い丘の小さな梓川病院。 そこで働く看護師3年目の月岡美琴と、信濃大学から研修医として1年目の桂正太郎との、淡い恋を交えた恋物語だけでなく、主眼はほとんど、高齢者の患者を受け入れる、この地方病院が抱える医療現場の実情を描写してあまりある深刻な問題であろう。

 医師や看護師の犠牲に成り立つ病院の実態、でも人の死に対しどう立ち向かえばよいのか、若き研修医の悩み、担当医師の哲学、若き看護師の逞しさと優しさ、ベテラン看護師たちのおおらかさ、厳しさ、経営者の癖玉を投げかけるこうかつさといった、そして患者側の本人たちや、その家族の思いやらの諸々が折り混じられて、でも読んでいてさわやかさを感じられる内容はさすが。
 中で特に印象深かったのが、「カタクリ賛歌」。
 患者は84歳、1日中点滴に繋がったまま、わずかに上下する胸元だけが生きた世界であることを証明しているような状態。 家族は孫夫婦だけしか。 孫は生活に追われ、余裕がなさそうで 「やれることはすべてお願いします。 それでダメなら仕方がないとあきらめます」。 それに対し、主治医の桂が話す「カタクリの花」の生涯。 「大事な花の根が切れたらすぐ枯れてしまいます」と。 「田々井さん(患者)はもう、根が切れてしまっていると僕は思うんです。 このまゝこの病院で看取りませんか?」と提案する。
 桂の悩んだ末の考えだった。

 一方で、隣のベッドの95歳の患者の内島やゑさんは、頭がしっかりしていて 「もう年だでいろいろなことはせんでええだよ」 「もう十分に生きただよ」と言っていたが・・・。
 桂の田々井さんに対する回答は、
「遺漏を作るか、作らないかという問題ではなく、遺漏を作るか、患者を死なせるかの二者択一の問題で、間の選択は存在しない」 という指導医の三島内科部長の言葉に悩んだ桂の結論だった。

余談:

 作品に出てくる登場人物は、実に魅力に富んだキャラクターの持ち主で、作品自体の魅力を際だたせている。 美琴も桂もいい。 美琴の同期の、沢野京子と美琴のやりとりもたまらない。 くせ者の、谷崎先生の哲学もたまらない。
 方や、桂の「花屋の息子」 と言うことで、花の話題も結構楽しく、さてどういう花だったかと調べてみたり。

   勿忘草  カタクリ

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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