梨木香歩著
       『村田エフェンディ滞土録 』 







                
2011-10-25



作品は、梨木香歩著 『村田エフェンディ滞土録』 角川書店 による。)

            
 
 

初出 「本の旅人」2002年10月号〜‘03年10月号に連載。
本書 2004年(平成16年)4月刊行。

梨木香歩
1959年鹿児島生まれ。 同志社大学卒業、イギリスに留学し、児童文学者のベティ・モーガン・ボーエンに師事する。 ガブリエル・ガルシア=マルケス「百年の孤独」を愛読書の1つに、ガルシア=マルケス全小説「百年の孤独」(新潮社)の解説を担当。 児童文学作家、絵本作家。 

◇ 主な登場人物
   
 時代背景と舞台 1899年(明治32年)、スタンブール
<下宿の住人>
村田 トルコ文化研究のためトルコ皇帝から招聘された日本の学者。 モスクに隣接の資料館兼研究所に通う。 一応仏教徒。
オットー 考古学の学者、ドイツ人。 キリスト教、万事いい加減。
ディミィトリス 目下、ギリシャ・ローマ関係の遺物の調査鑑定に当たっているギリシャ考古学会会員、ギリシャ人。 ギリシャ正教、端整な美男子。
ムハンマド 下宿人のための料理や下働きをする、トルコ人。 「奴隷」 の身分に属す。
ディクソン夫人 屋敷の維持と下宿屋を営む、英国人。 敬虔なクリスチャン。
鳥のオウム ムハンマドに道で拾われた。 学者に飼われていて特異な言葉を喋る。

ハムディベー氏
娘 シモーヌ

サイーダ地方において大石棺を発見、欧風石造りの一大館を新築する総指揮官。
令嬢のシモーヌは英国に留学、革命を目指す活動家。

補足1:“エフェンディ” 主に学問を修めた人物に対する一種の敬称。
    (日本流に言うと“先生”に当たる。)

補足2:トルコは今「飢えたハゲタカのような」ヨーロッパ列強の餌食になっている状態。同じような局面を何とかしのいでいる日本に対して尊敬の念と親近感を持っている。

物語の概要:図書館の紹介より

   1899年、トルコ。遺跡発掘の留学生村田君の下宿には、英国の女主人、ギリシャ、ドイツの若者がいて熱い交流があった。宗教、民族、国家の根っこから人間を見つめ、その喜びと苦難を描いた新スタイルの青春小説。

読後感:

 きっかけは三浦しをんのエッセイ「三四郎はそれから門を出た」にあった作品の中でこの作品も食指が動いたものである。

 トルコ政府から日本の代表として考古学の研究で官費留学をした村田(わたし)、当時は外国に日本人が行くことなど非常に希有なことであったろう時に、下宿先の住人と色んな事で異文化を見、体験する。そして外国で得た物を日本に持ち帰る使命を負っていた筈である。
 そこで起きる話は大変興味深いし、その歴史のことも興味があったし、なるほどと思ったり、ほほえましかったり、飽くことがない。

 しかし突然の帰国話で、仲良く気心も知るようになった仲間たちから別れ帰国。7,8年経った頃に新聞での紛争を知り、その後ディクソン夫人からの手紙にそれぞれの人たちの運命が記されていて、読み進むうちにそれまでの諸々の場面が走馬燈のように思い出され、時代が変わり、それぞれの国の運命に人々が飛び込んでいった様子に涙が溢れてしまった。
村田の青春の日々の芯なる物語。

 特に面白いと感じたこと、
◇宗教について
・唯一絶対の神で、世の中をまとめ上げようと進んできた人間がいる理由。
・日本の稲荷のキツネについて 偶像崇拝のようなものはお断りですがとディクソン夫人。

◇「また今度、宅の方へ遊びに来て下さい」と言われた時
・日本では社交辞令
・トルコでは一度目は社交辞令。二度三度と言われて初めて行くこが出来る。
 かように文化というものは洋の東西を問わず、成熟し、また先鋭化してゆくと、言葉にその直接的な意味以上のものが付加され、土着のものにはそれを読み解く教育が幼い頃から自然と施されていくもの。

印象に残る言葉:


◇ギリシャ人の青年ディミィトリスが呟く言葉

・「私は人間だ。およそ人間に関わることで、私に無駄なことは一つもない」
(実はテレンティウスという古代ローマの劇作家の作品に出てくる言葉)
・「人は過去なくして存在することは出来ない」
 


余談1:
 主人公が考古学者ということで、定年後地元の歴史を学ぶために自然xxxの講座に参加、古墳や、古墳発掘現場の見学に参加したころのことが懐かしかった。

余談2:
 当時の外国語の漢字
・ トルコ 土耳古
・ ヨーロッパ 欧羅巴
・ ペルシャ 波斯
・ ベルリン 伯村
・ エジプト 埃及
・ ギリシャ人 希臘人
・ アラビア人 亞刺比亞人
・ ユダヤ人 猶太人
・ イタリア人 伊太利亞人

       背景画は、本作品中の挿絵を利用。        

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