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南木佳士著 『海へ』 


                  
2006-08-25

(作品は、南木佳士(nagi keishi)著 『海へ』 文藝春秋による。)

             

初出  「文学界」2000年8月号。


主な登場人物

主人公 

山国の総合病院に勤務。物書きでもある。
母が3才の時結核でなくなり、祖母に育てられる。パニック発作を再発、発病後、行動範囲は極端に狭くなる。気分転換に太平洋に面する友人の松山診療所に泊まりに出かける。
母の言葉「強くなくてもいいから、なにがあっても生きてゆきなさいよ」を心に刻む。

松山 北国での医学生時代の同級生。父の後を継いで、松山診療所を開いている。
松山千絵 高校二年生。崖の洞窟で主人公に、父と母の家庭内の秘密を打ち明ける。


印象に残る場面:

◇松山千絵が主人公に話すこと

 感受性の強い母と、理性の勝った父はあまり相性のよい夫婦ではないみたいで、わたしが小さいころからよく喧嘩をしていました。派手にののしり合うんじゃなくて、お互いに何日も口をきかないんです。わたしがおしゃべりになったのは、二人の間にはさまれて、とにかくその場の空白を埋めなければ家の中の密度がどんどん薄くなって、家そのものがつぶれてしまいそうな予感があったからだと思います。


◇自律神経失調症の松山の妻が、手紙のなかで記していること:

 元気のつもりでいたころには気にもかけずに読みとばしていた個所で、急に涙が込み上げてくるようなことがよくあります。(夏目漱石の)”坊ちゃんが縁側に腰かけて丁寧に清の手紙を読んでいると、初秋の風が芭蕉の葉を動かして、読みかけた手紙が四尺あまりさらりさらりと庭の方になびいていった” などという描写に出合うと、それこそ涙が止めようもなくあふれて嗚咽さえもらしてしまうのです。

読後感:

 作者が医師であり、作家であることから、医学的な内容、特に精神的な面について語られているが、ごく身近に起こる事柄でもあり、そういうことで悩んでいる人もいるのだろうと想いながら、せつなくて、優しい気持ちになっていくし、これからも生きてゆく勇気を与えてくれる作品である。



余談1:

南木佳士作品 「阿弥陀堂だより」、「医学生」、「海へ」と続けて読んだが、作品から作者の生い立ちも見えてくるようで、愛着も湧いてくる。

 
 

                    

                          

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