印象に残る場面:
◇松山千絵が主人公に話すこと
感受性の強い母と、理性の勝った父はあまり相性のよい夫婦ではないみたいで、わたしが小さいころからよく喧嘩をしていました。派手にののしり合うんじゃなくて、お互いに何日も口をきかないんです。わたしがおしゃべりになったのは、二人の間にはさまれて、とにかくその場の空白を埋めなければ家の中の密度がどんどん薄くなって、家そのものがつぶれてしまいそうな予感があったからだと思います。
◇自律神経失調症の松山の妻が、手紙のなかで記していること:
元気のつもりでいたころには気にもかけずに読みとばしていた個所で、急に涙が込み上げてくるようなことがよくあります。(夏目漱石の)”坊ちゃんが縁側に腰かけて丁寧に清の手紙を読んでいると、初秋の風が芭蕉の葉を動かして、読みかけた手紙が四尺あまりさらりさらりと庭の方になびいていった” などという描写に出合うと、それこそ涙が止めようもなくあふれて嗚咽さえもらしてしまうのです。
読後感:
作者が医師であり、作家であることから、医学的な内容、特に精神的な面について語られているが、ごく身近に起こる事柄でもあり、そういうことで悩んでいる人もいるのだろうと想いながら、せつなくて、優しい気持ちになっていくし、これからも生きてゆく勇気を与えてくれる作品である。
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