宮本輝著 『野の春』 (流転の海 第九部)









              2019-01-25

(作品は、宮本輝著 『野の春』(流転の海第九部)    新潮社による。)

          

  初出 「新潮」2016年10月号〜2018年7月号(全21回)
  本書 2018年(平成30年)10月刊行。

 宮本輝:
(本書より)
 
 1947(昭和22)年、兵庫県神戸市生まれ。追手門学院大学文学部卒業。広告代理店勤務を経て、77年「泥の河」で太宰治賞を、翌年「螢川」で芥川賞を受賞。その後、結核のため二年ほどの療養生活を送るが、回復後、旺盛な執筆活動を進める。「道頓堀川」「錦繍」「青が散る」「流転の海」「優駿」(吉川英治文学賞)「約束の冬」(芸術選奨文部科学大臣賞)「にぎやかな天地」「骸骨ビルの庭」(司馬遼太郎賞)「水のかたち」「田園発 港行き自転車」等著書多数。2010(平成22)年、紫綬褒章受章。     

主な登場人物:

松坂熊吾(70歳)

シンエー・モータープールの二階には房江と伸仁が暮らしているが、熊吾は森井博美のもとで暮らしている。
そして此花区千鳥橋に工場跡地を借りた大阪中古車センターで中古車販売会社の車預かりと、鷺州で中古車の販売業“中古車のハゴロモ”を営む。
伸仁が20歳になるまで親として死ねないの目標は成就され・・。

松坂房江(55歳)

多幸クラブ(ホテル)の社員食堂で藤木美千代と二人で働いている。伸仁が20歳になり、シンエー・モータープールを来年2月出ていく機会に、熊吾に三人で暮らそうと。それまでに博美と綺麗にするよう告げる。
・藤木美千代 房江より先輩。

松坂伸仁(19歳) 浪人して今は大学生に。テニス部に属し、女子大生と手をつないでるところを房江に見られる。
木俣敬二

キマタ製菓の社長。繁盛し本物の高級チョコレートを作りたいと熊吾に相談。
・佐竹善国の妻、ノリコの活躍もめざましい。

森井博美

元美人のダンサー、来年40歳。聖天通りで脳卒中の沼津さち枝の面倒を見ながら小料理屋を手伝っている。
・沼津さち枝 料理屋の持主、老女。博美の世話にならざるを得ない状態。

タネ 松坂熊吾の妹。熊吾に助けられ、南宇和の城辺の家、土地を売って大阪に出てくる。尼崎の蘭月ビルで寺田権次と同居していたが、奥さんの元に返し、房江の世話で多幸ビルの社員食堂で働くことに。
シンエー・モータープールの人々
中古車のハゴロモの従業員達

松坂熊吾が開業した中古車販売の店。
・鈴原清 未だ仕入れ任せられる力なし。熊吾が仕入れを担当するしか。「この青年は事務仕事に非凡な才を持っているのではないか」と房江。
・佐田雄二郎 黒木に仕込まれた後辞める。
・黒木博光 中古車の品定めのプロ。腎臓を悪くし入院。長くなさそう。

ホンギ
(朝鮮人 本名供引基)

尼崎の蘭月ビルの住人だった。熊吾の口利きでカメイ機工勤務。
まじめな働き者で退職に当たり後継者として佐竹善国を推す。

佐竹善国
妻 ノリコ
娘 理沙子
息子 清田

丹下が熊吾に引き受ける条件として、工場跡地の管理人として雇われることになった人物。肘から先がない右腕。
・佐竹ノリコ キマタ製菓で営業をやっている。アイデアマン。

丹下甲治

サクラ会の理事長。千鳥橋の工場跡地の野良犬の始末を相談された人物。戦後はタンゲ工務店の社長で工場と倉庫の建築を請け負っていた。
膵臓がんで入院中。

寺田権次

夫婦気取りで熊吾の妹タネのもとに居着いていたやくざ。
タネと別れ、本妻の元に戻るも、間も亡くなる。

辻堂忠 同栄証券の社長。昭和24年、熊吾が松坂商会を売って別れるとき、「わしが死んだら、伸仁を助けてやってくれ」の頼みに、「私は約束をきっと守ります」といっていたが・・・。
大谷冴子 松坂伸仁と同じテニス部の女子大生。伸仁の恋人。

丸尾千代麿
妻 ミヨ
引き取った子
 美恵と正澄

大阪で運送会社を営む。第一部から登場の人物で、何かと熊吾の手助けをしてくれる陽気で、熊吾の人生に深く関わってきた人物。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 昭和42年、熊吾が50歳で授かった息子・伸仁は20歳の誕生日を迎える。熊吾の大願成就の日を家族3人で祝うが…。幸せとは、宿命とは何か。自らの父をモデルにした松坂熊吾の波瀾の人生を、戦後日本を背景に描く自伝的大河小説・完結。         

読後感:

 松坂熊吾が50歳の時に息子伸仁が生まれたとき、伸仁が20歳になるまで死ねないと妻房江に誓った言葉通り、成就したが、戦前、戦後の世の中の動きを交えながら、実に「流転の海」の読書録も2006年3月から今回2018年12月の原稿作成まで実に12年を要した。
 従って、第九部の「野の春」ではそれまでに出てきた人物やエピソードの記述が随所に顔を出すが、大体は思い出せるが、どんな背景の人物だったか思い出せないこともあった。

 そして20年間の間には人の変化も、死の場面も避けられない事柄であった。
 中でも
 ・辻堂忠との約束、(「約束じゃ、わしが死んだら、伸仁を助けてやってくれ。頼んだぞ」に「私は約束をきっと守ります。きっとです」と、「20年後が楽しみじゃ」と交じわした。伸仁が2歳の時の約束。)
 息子の伸仁の成長を見せたくて今や社長になって週刊誌にも取り上げられている同栄証券社長の辻堂社長に挨拶に向かわせた伸仁に対し、冷たく、遭うことすら、手紙を見ることもせず差し戻された息子の仇をうつシーン。

 ・房江が家系の長命と短命に考え、夫熊吾の人となり「松坂熊吾が間に入ると、火と水が交わる」という柳田の言葉を思い、夫の人間としての秘められた力を感じる場面。
 ・また、木俣のキマタ製菓社長のチョコクラッカーが当たり潤っていて、次に本物のチョコレートを作りたいと熊吾に相談するも、熊吾の先を見た反応。
 は特に印象深い。

 一方、熊吾が伸仁に放った言葉がその時の気持ちが荒んでいたこともあったが、
「なにか人よりも秀でたものがあると思っていたが、お前には何もなかった。親の欲目を許してくれ」と過酷な言葉を吐いた。
 その後伸仁には「これ以上はないというほどの愛情を注いで、大事に育ててきた息子なのだ。そのことだけは伝えておかなければならない」と謝りたいと房江に話す。

  伸仁の姿については、熊吾の先がいつまで持つかわからない状態の時、房江は伸仁とのやり取りの中に、「あの子は見た目よりもはるかに強いのかもしれない。蘭月ビルで生き抜いて、普通の同年代の青年と比べると修羅場のくぐり方が違うのであろうか。柳に雪折れなしというが、ノブもそうなのかもしれない」と失せていた食欲が戻った描写に、伸仁の逞しく育った様子が現れている。
  

余談:

 遂に終わったという感慨が残る。
 父と子をテーマに書かれたこの作品、著者はひとつの小説を37年間も書き続けてきたことの達成感を味わえたこと。そして書きたかったことが「ひとりひとりの無名の人間のなかの壮大な生老病死の劇」と。その言葉通り、多くの死もこの篇には登場している。
 自分自身も最後まで読み終えられたことが嬉しい。
 ラストの場面は胸が詰まって涙が出てきてしまった。  
  

背景画は、花をテーマに。(自然いっぱいの素材集より)

           
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