宮本輝著 『愉楽の園』 






                
2006-02-25


(作品は、宮本輝著 『愉楽の園』 (文藝春秋) による。)

          
 

 文藝春秋 1986年5月号〜1988年3月号に連載された小説。

◇この作品を評したHPから抜粋

 美も醜も善も悪も、すべてを呑みこむ湿熱の都バンコク――。運河の町を舞台に愛の転変を辿り、移ろう心のふしぎと風土とのかかわりあいを描く長編小説。
 主な登場人物:

藤倉恵子 タイに来て3年、サンスーンの囲われもの。 バンコクの市街地からほんの少しチャオプラヤ(メナム)河の近くに入った、かっての貴族の旧邸に住む。 かって日本で妻のある男と結婚を約束するが、首つり事件を起こした心の病気を知り、逃避してくる。
・サンスーン・イアムサマーツ 45才、5年前妻を病気で亡くし、二人の娘を持つ。 王室の血を引く人間。 政治家、政府高官(内務省の次官)。 藤倉恵子にプロポーズしている。 しかし、どこまでが本当の姿か判らない男。
・野口謙 36才、旅のため会社を辞め、何かを求めて、ヨーロッパからアメリカ、アメリカから南米、南米からアフリカ、アフリカからアラブ圏へと旅を続け、サウジアラビアからバンコクへたどり着き、大学時代の友人である小堀秀明を頼る。 そこでちょっとした事件に出会し、藤倉恵子と知り合う。
・小堀秀明 36才、バンコクに4年滞在、新聞社バンコク支局の特派員。 間もなく日本に帰る予定、自分が結婚を申し込むのを待っていると思うが、野口にスワンニーの腹を探ることを依頼。ス ワンニーの兄という、小説家のチラナンという地下に潜む共産主義者をレッドバージの網から逃そうとしている。
・スワンニー 世界中から旅をしてくる若者達に、安価なホテルを提供している黄金旅社のオーナー。
・エカチャイ・ボーウォンモンコン 軍人、サンスーンの忠実な護衛者。 クーデターに連座して逮捕され、軍籍を剥奪されたが、二年前に復帰。ホモ。 恵子には嫌われている。
・テアン ホテルのボーイ、大人なのに、子供のままの容姿。 サンスーンを崇拝し、恵子に惚れている。
・チラナン スワンニーと兄妹のように育った。 でも兄妹ではない、恋人同士とも。 しかし、チラナンは下半身に蛇の鱗のような痣を持っているため、結婚は出来ないと思っている。有能な小説家で、「仏像の背中」を執筆、サンスーンの援助によりこの本を出版することで、自分が共産主義者でないことを明かそうと考えているが・・・。 自身は表面に出てこない謎の多い人物。
 

読後感

 なんとも得体の知れない、ミステリアスな小説。 またバンコクというドロドロシとして貧富の差があり、異国情緒の溢れる雰囲気が堪らない小説。 熱気と生活力の活力がグイグイ読み手に迫ってきて、生きる活力が湧いてきそうな魅力溢れる小説とでも言えるかも。
 あとがきから、作者が全くの未完成品であった処女作(27歳の時に書く)を蘇らせようとして書き始めた小説、書き終えるとまるで何もかも異なった作品に出来上がったという。
 なにごとでも初期のものというのは、ゴツゴツとして荒削りであっても、何とも言えず新鮮で、魅力的なものが内在しているのは、同じではないだろうか。

印象に残る言葉:

◇タイの風習について:

「門の所で近所の子供達が遊んでいますが、近寄って来ても、頭を撫でてはいけません。」
「どうして?とっても可愛いから、私、これまでに何回も頭を撫でたわ」
「私たちの国では、頭は精霊の宿るところとされています。親は、自分の子をけがされたと思います。」

◇サムスーンが恵子に告げる言葉

「恵子は、私に内緒でタイ語を習っていたんだ。私は体中が熱くなり、いてもたってもいられなくなった。恵子のかっての愛する人が亡くなり、その日に恵子が、自分の内緒事をばらしたとしても、私にとっては、それは静かな好意を深い愛情に変化させる、極めて正直な、極めて人間的なきっかけだと受け取るだけだ。しかし、船は自分で漕いで欲しい。自分で船を操って私の所に来てもらいたい」
「タイ語を習ってたってことは、自分で船を漕いだことにならないの?」

あとがきより(作者の言葉)

「愉楽の園」という題は、スペインのプラド美術館に所蔵されているヒエロニームス・ボッシュの絵の題からヒントを得ています。この有名かつ奇妙な絵は、日本では「幸福な園」だとか「愉楽の庭」だとか、いろんな訳し方がされています。ですが、私はその中で最も気に入っている「愉楽の園」という題を使わせていただきました。しかし、ボッシュの絵と、この小説とはなんのつながりも関係もありません。


余談1:
 数ある本の中で、この本を読んで見たいと思ったきっかけは、最初に記してある「満開のブーゲンビリアの向こうで、・・・」という一節である。
 近所のウォーキングの途中の家に、何の木だか知らないが紅色の3枚の花弁(?)に見える花が咲き誇っていた。木の図鑑を見てもなかなか見つからない。でもこれはブーゲンビリアではないかなとふと思い、それに違いないと確信に近いものがあった。その後やはりブーゲンビリアだと判り、実は花弁のように見えたのは、萼で花はその中に小さく咲くものであるのがわかった。そのことが頭に残っていて、本の出だしを見て、その姿を想像し、読もうと思った。

☆ 背景画はブーゲンビリア (H17-8/下旬撮影) 

                    

                          

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