宮本輝著 『約束の冬』

                  2006-01-25

(作品は、宮本輝著 『約束の冬』(文藝春秋) による。)

          
 

 

平成12年10月1日から1年余りにわたって産経新聞朝刊に連載された作品
最近の心境にピッタリの作家に出会えた感じの作品。

 主な登場人物:

・氷見留美子 父(精密機械のメーカ勤務)が出張先のドイツで、不慮の交通事故に遭い、突然の死を迎えた。その賠償交渉のため、入社して一ヶ月もたっていない大手の重機メーカを辞める。その後23才で税理士を目指し、現在は檜山税吏会計事務所に勤務している。一時は妻と別居している男と結婚の約束をしたが、妻が妊娠していることが判り、去年の秋に別れる。
・弟亮(りょう) ニューヨークの大学で四年間情報工学を学び、さらに日本の大学院で勉強し、コンピュータ関連の大手企業に二年間勤務したが、突然退社。そして木工に生涯を捧げると、大分に修行に出る。
・上原桂二郎
(54才)
氷見家の向かいに住む上原工業(鍋などの調理器具製造)の社長。家族には妻さち子、息子二人(兄俊国、弟浩司)。
俊国は、妻さち子の連れ子(当時2才)。さち子は48才で逝く。
・須藤潤介 上原桂二郎の妻さち子の先夫である芳之の父。芳之は若くして事故死。岡山県総社市に一人暮らしの老人。
・佐島老人 佐島家の所有する土地を氷見家が購入。
・謝翠英 ケ明鴻の孫。台北大学を卒業して日本に留学。古典文学を勉強している。山下公園の近くに住む28才の学生。造りの大きな目鼻立ちと拮抗するかのような静かで品の良いたたずまいに、上原桂二郎は思わず魅きつけられる。
・他に 「とと一」の主人、女将鮎子、新川緑など
 

物語の展開

 家を新築し、父が出張に出かけた日、氷見留美子(22才の時)は、一人の見知らぬ少年から青い封筒を渡される。 そこには「空を飛ぶ蜘蛛を見たことがありますか? 蜘蛛が空を飛んで行くのです。 十年後の誕生日に僕は二十六才になります。 十二月五日です。 その日の朝、地図に示したところでお待ちしています。 お天気が良ければ、ここでたくさんの小さな蜘蛛が飛び立つのが見られるはずです。 僕はその時、あなたに結婚を申し込むつもりです。」と書かれていた。
 その手紙はどういう訳かアクシデントが続いても、手元に長くとどまりつづけ、ことの真相が物語の中で明らかにされていく。


印象に残る言葉、場面:

◇「日本の男どもってのは、ある年齢を経ると、源氏よりも平家の方へ行くようですね」と桂二郎は翠英に言った。
「そうですわね。平家物語、徒然草、西行、奥の細道、山頭火・・・」
翠英はそう言って微笑み、・・・

◇(若い翠英に、芭蕉の句で(ないし小説で、日本の絵で、焼き物で)何が一番好きかと尋ねられ、何も持っていないと答えざるをえなかった。)
そのことがあって桂二郎は機嫌が悪くなった。その理由は、
 俳句も短歌も、絵画も焼き物も、54才にもなった分別のある男が、せめてひとつくらい気に入ったものがないという事実。

◇あとがきより(作者の言葉)

「約束の冬」を書き始める少し前くらいから、私は日本という国の民度がひどく低下していると感じるいくつかの具体的な事例に遭遇することがあった。民度の低下とは、言い換えれば「おとなの幼稚化」ということになるかもしれない。
 そこで私は、「約束の冬」に、このような人が自分の近くにいてくれればいいなあと思える人物だけをばらまいて、あとは彼たち彼女たちが勝手に何らかのドラマを織りなしていくであろうという目論見で筆を進めた。

「約束の冬」を書き始めるとき、強く私のなかにあったのは、冬が来る直前に、自分が吐き出したか細い糸を使って空高く飛ぼうとする蜘蛛の子の懸命な営みの姿だった。


余談1:

 何も気持ちにわだかまることが無く、冬晴れの太陽がさしこむ部屋で、こんな作品を読んでいる時に幸せを感じる。

 

                    

                          

戻る