物語の展開:
家を新築し、父が出張に出かけた日、氷見留美子(22才の時)は、一人の見知らぬ少年から青い封筒を渡される。 そこには「空を飛ぶ蜘蛛を見たことがありますか? 蜘蛛が空を飛んで行くのです。 十年後の誕生日に僕は二十六才になります。 十二月五日です。 その日の朝、地図に示したところでお待ちしています。 お天気が良ければ、ここでたくさんの小さな蜘蛛が飛び立つのが見られるはずです。 僕はその時、あなたに結婚を申し込むつもりです。」と書かれていた。
その手紙はどういう訳かアクシデントが続いても、手元に長くとどまりつづけ、ことの真相が物語の中で明らかにされていく。
印象に残る言葉、場面:
◇「日本の男どもってのは、ある年齢を経ると、源氏よりも平家の方へ行くようですね」と桂二郎は翠英に言った。
「そうですわね。平家物語、徒然草、西行、奥の細道、山頭火・・・」
翠英はそう言って微笑み、・・・
◇(若い翠英に、芭蕉の句で(ないし小説で、日本の絵で、焼き物で)何が一番好きかと尋ねられ、何も持っていないと答えざるをえなかった。)
そのことがあって桂二郎は機嫌が悪くなった。その理由は、
俳句も短歌も、絵画も焼き物も、54才にもなった分別のある男が、せめてひとつくらい気に入ったものがないという事実。
◇あとがきより(作者の言葉)
「約束の冬」を書き始める少し前くらいから、私は日本という国の民度がひどく低下していると感じるいくつかの具体的な事例に遭遇することがあった。民度の低下とは、言い換えれば「おとなの幼稚化」ということになるかもしれない。
そこで私は、「約束の冬」に、このような人が自分の近くにいてくれればいいなあと思える人物だけをばらまいて、あとは彼たち彼女たちが勝手に何らかのドラマを織りなしていくであろうという目論見で筆を進めた。
「約束の冬」を書き始めるとき、強く私のなかにあったのは、冬が来る直前に、自分が吐き出したか細い糸を使って空高く飛ぼうとする蜘蛛の子の懸命な営みの姿だった。
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