宮本輝著 『海辺の扉』







                  
2008-02-25

(作品は、宮本輝全集第11巻 『海辺の扉』 新潮社 による。)

               
 

 月刊カドカワ 1986年(昭和61年)4月号から1990年(平成2年)4月号まで「未来への階段」と題して連載。
「海辺の扉」(上)(下)1991年(平成3年)1月 角川書店刊。
 全集第11巻 1993年(平成5年)2月発行。 

 主な登場人物:

・宇野満典 二歳になる息子の晋介を思わず殴ってしまったことで不運な事故死に至らしめ、妻と離婚、執行猶予5年の後、ギリシャに逃避。ギリシャで生活するため現地の女性(エフィー)と結婚するも、晋介のことが忘れられず、悶々としている。
・琴美 満典の元妻。息子のことで満典を許せず、離婚したが、年月を経ると反省、出直したく思っている。
・エフィー 満典とはシンガポールの祭りで偶然知り合い結婚、4年になる。アテネ大学で歴史と美学を専攻した彼女は、日本に留学したがっている。満典が日本にいる元妻を愛していることを知り・・・。
・根岸宗太 日本での商社時代の会社上司。宇野、根岸、徳さん三人は大の磯釣り仲間。
・徳さん 徳寿司の主人。恩師が出版した「種まき学級」という本を、著者の署名入りで満典にプレゼント。
・夫人 徳さんの小学生時代の恩師。徳さんから友人(宇野満典のこと)の話を聞き、<再会の時、必ずや来たらん>と添え書きをする。
 読後感

 小説のテーマについて著者は後記のところで、“私は、霊魂とか、輪廻転生といったものは信じていないのですが、生命というものには初めもなければ終わりもないと説く思想を信じています。”とある。宇野満典という主人公が不運が重なって2歳の息子を死なせてしまい、妻にも許されず、日本を飛び出してギリシャで過ごすその様子は、何となく判る気がする。自分が孫を持つようになり、親の気持ちが改めて判る年頃になり、素直に同情してどういうふうに切り抜けていくのか、興味が沸いた。

 さらにミステリアスな展開もあり、目が離せないで二人の妻とのこと、友情、親兄弟のことなどが絡み合い、抒情感溢れる作品になっている。

 折しも、教育TVで “知るを楽しむ−宮本輝−”が放映されていて、宮本輝の作家デビューのいきさつ、「泥の河」で直木賞を取ったこと、シルクロードを旅して感じたこと、父親が自分に残してくれたことなど筆者の素顔を知ることが出来た。

 その中で特に印象に残った言葉:

 心根の豊かなもの、清潔なもの、水だと思って飲んだら血だった(意味:さらさらとした文章の中に読者の心の中で化学反応を起こしてもっと違う別のものが生まれている)という、そんな文章を書きたい。

 
印象に残る言葉:

 徳さんの恩師の言葉:

「・・もし、過去世を信じたとしたら、私は来世も信じなければなりません。なぜって、過去世で私が何か悪いことをして、その結果として、今世に子供のことで苦しんでいるとしたら、この今世もやがて私の新しい過去世になる。そうやって、来世へ、来世へ、来世へ、そのまた来世へと私がつづいていくならば、私は一生懸命に今世を大切に生きなければならなくなる。なぜって、今世で私が悪いことをすれば、それは来世における私の不幸の原因を積むってことですもの」
・・・

「私は、過去世、今世、来世と永遠に原因と結果とによってつづく生命観を信じました。それを信じたとき、息子は静に息を引き取りました。死んだらすべて無になるんだったら、人間は自分の欲望のために、ありとあらゆる悪事をはたらくほうが得だってことになりますわ。でもどっこい、そうはいかないってことに、人間は死んだら気づくだろう。私、そのことを信じているんです。私はまたどこかできっと息子と逢えますわ。もう逢っているのかもしれません。それは私が感じて、信じることです」


余談:
 NHK教育TVの”知るを楽しむ−−−人生の生き方 宮本輝”を見て先の言葉を聞き、ますます好きな作家の一人になった。
 背景画は作品中のギリシャの海のイメージフォト(KabeGami.comを利用)。 

                    

                          

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