宮本輝著 『流転の海』 (その4)

第六部: 『慈雨の音』


                  2011-12-25

(作品は、宮本輝著 『 慈雨の音 』(第六部) (新潮社) による。)

          
 

 初出 「新潮」2009年7月号〜 2011年6月号に連載。
 本書 2011年(平成23年)8月刊行、書き下ろし作品。

宮本輝:
 1947年兵庫県神戸市生まれ。追手門学院大学文学部卒。77年「泥の河」で太宰治賞。78年「螢川」で芥川賞。など

 ◇ 主な登場人物とその概要

松坂熊吾
・ 虚弱体質の伸仁が中学生になってもいまだ食も細く虚弱な我が子を案じ小谷医師に預ける。
・ 福島西通りでシンエー・モータープールの管理人を任される傍ら、房江の考えに同調し、中古車ブローカーとして少ない台数から商売を始める。
松坂房江 松坂熊吾の酒の相手をさせられながら小学校も途中しかいけなく教育のない自分を蔑みながら次第にアルコールを飲むようになり、伸仁に「魚が腐ったような目になるねん。 嫌いやねん」と言われる。
松坂伸仁
(のぶひと)
中学入学から中学2年生までの成長ぶり。
騙されて生まれたばかりの鳩を育てたが、始末をしなくてはならなくなり浦辺ヨネの遺骨を撒いた余部鉄橋にひとり放ちに行くほどに次第に成長をとげていく。
城崎の人々

・ 浦辺ヨネ 上大道の伊佐男の間に出来た正澄(小学1年)。 しかし癌で余命僅か。
・ 谷山麻衣子(24歳) ヨネの繁盛している小料理屋「ちよ熊」の後を継ぐ。
・ 谷山節子 麻衣子の母親。 結婚できない相手の周栄文の子(麻衣子)を産む。

蘭月ビルの人々 ・ 北朝鮮への帰国をいやがる月村敏夫、光子兄妹を見送る熊吾と伸仁。
・ 盲目の少女津久田香根は月村光子が小学生となり学校に行くと一人部屋にこもりじっとしている。やがて亡くなったことを月村兄妹から知る熊吾たち。
シンエー・モータープールに出入りの関係者 ・ 関京三、黒木博光のデコボココンビ エアーブローカー
・ 佐古田 風変わりの解体・組み立てのエキスパート
丸尾千代麿
 妻 ミヨ
 養子 正澄
 養女 美恵

大阪で運送会社を営む。
浦辺ヨネに育てられていた美恵、さらに正澄も大阪に連れて帰ると。

亀井周一郎 カメイ機工の社長。自動車のフライホイールを作っているが、先行きを心配している。
熊吾と中古車連合会を立ち上げる相談をしていたが、病に倒れる。
海老原太一 若い頃熊吾の「松坂商会」で働いていた。 次期衆議院選挙に打って出る気配だったが・・・。
物語の概要図書館の紹介より
  
 
御成婚や安保に沸く昭和30年代。松坂熊吾の駐車場経営は軌道に乗り、息子伸仁が思春期を迎える中、数々の因縁があった海老原太一が自殺…。戦後の時代相を背景に作者自らの“父と子”を描くライフワーク。

読後感

 4年(?)ぶりの「流転の海」第6部を手にした。第3部(?)あたりから毎年発売から4〜5年置きの刊行となりすっかり今までのいきさつがうろ覚え状態で読むことになる。この作品、宮本輝のライフワーク作品となるべく父親と息子(二十歳になるまで)の物語を主題にその生き様を描くのがテーマであるごとく、今回は息子の伸仁が中学入学から2年生にまでの成長ぶりが描かれている。ということは20歳の時を迎えるまでにはまだまだ時間が掛かりそうである。はたして熊吾(現在63歳が70歳に)が生きているのか、こちらが生きているのか?

 松坂熊吾の親父ぶりはあいかわらず時代の変遷にともない時流に乗る能力に長けてはいるが運が味方するときはいいが落ち目の時は地道に商売をすることを妻の房江は望むものの熊吾はさらに危険と思えるような大きな一か八かの勝負に走る性格は変わらず。

 息子の伸仁はそんな父親から世渡りのうまさを身につけたくましさは見られるものの、虚弱体質を心配する両親の心配はつきない。
 伸仁の気の利かしかたには愛すべき所も多々あり、どういう大人に成長していくのやら今後の展開に期待される。

 そして時が経っていく中では死がつねに生ずる。浦辺ヨネ、香根、海老原太一、そして亀井周一郎は癌に倒れる。
 人生の悲哀を感じる。 


余談:

あとがきにある言葉が印象的である。
「慈雨の音」の時代背景となった1950年代の終わりから60年代の初めにかけて、日本は激しい変化の渦のなかに入っていった。敗戦から15年がたって、高度経済成長という浮かれ気分の片隅で、無名の庶民たちの運命の展開もいかんともしがたく始まったのだ。そのようなときに、松坂熊吾一家の周りには、慈しみの雨が、しずかに、時には音をたてて降っていた。むろん、小説ではあるが、私はそのそれぞれの雨を決して忘れない。
 

                    

                          

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