宮本輝著 『流転の海』 (その3)

                   第五部:  『花の回廊』



                  2007-10-25

       (作品は、宮本輝著 『花の回廊』(「流転の海」第五部) (新潮社) による。)

                
 

  「流転の海」は、著者の<父と子>の物語作品である。
(第一部「流転の海」、第二部「地の星」、第三部「血脈の火」、第四部「天の夜曲」、第五部「花の回廊」と刊行されている。)

「流転の海」第一部は、「海燕」19821月号〜19844月号連載作品。第二部の「地の星」は、「新潮」19901月号〜19929月号(二十六回)連載作品。
「血脈の火」第三部は、「新潮」
19931月号〜19962月号連載作品、第四部の「天の夜曲」は、「新潮」19994月臨時増刊号〜20024月号連載作品である。

 今回の「花の回廊」は「新潮」20046月号〜20074月号(十六回連載)で、2007年(平成19年)7月刊行されたものである。

 ◇ 第五部の主な登場人物とその概要

・松坂熊吾
関西中古事業連合会の挫折で信用失墜をさせてしまった能吾は、中古自動車ブローカーとして細々と暮らしていたが、昔世話を受けたので恩返しと言う柳田元雄に頭を下げ、女学院の跡地を使って大駐車場経営を計画する。そして親子三人一緒に暮らすことを目指す。
・松坂房江 道頓堀川沿いの小料理屋「お染」に賄いとして勤める。昔取った杵柄、小料理で評判を取り、バーから小料理屋に評価させる。そこに昔の芸者仲間の千代鶴の出現でみじめな思いを味わうことに。
・松坂伸仁
 (のぶひと)
富山私立八人町小学校から尼崎の難波小学校に中途転校。伸仁は熊吾、房江が働いていて電気も水道も止められている船津橋ビルに一人ではおれず、タネの元にあづけれら、寂しがりながらも、蘭月ビルの人々と親しくなり、意外なほど屈託なく享受している。我儘で神経質で、勉強が嫌いで、おちょけてしょっちゅう病気をするが、ええとこが一杯と房江は褒める。
・丸尾千代麿/ミヨ

熊吾と親友付き合いで、運送店を営む。妻に内緒で付き合い、美恵を生ませた女が早死にしたため、熊吾の計らいで城崎の浦辺ヨネに育てさせている。

◇蘭月ビルの住人

・タネ/寺田権次/明彦
・ 津久田家
(悟、咲子、香根)・ 月村家
(敏夫/光子)
・ホンギ
・怪人二十面相
  こと恩田哲政
・唐木鉄兵
・金静子
・沼田のおばあちゃん   等

蘭月ビル:阪神電車尼崎駅近くの迷路のような貧民窟。
住人24世帯の内10世帯が朝鮮人(北と南含め)。

タネ:熊吾の妹、熊吾に助けられ、南宇和の城辺の家、土地を売って大阪に出てくる。寺田権次は夫婦気取りで居着いているやくざ。お好み焼き屋と駄菓子屋を営む。

津久田家の子供達は秀才の悟、飛び抜けて美人の咲子、生まれつき盲目の香根がいる。しかし父親の津久田清一は人買い、心の闇に潜んでいるものは凶暴な犯罪者とは異質な何かなのである。P380

月村敏夫は伸仁と同じクラス。夕刊売りでたこ焼きを買ってそれを子供達の朝食にしている。母親は売春婦。

ヤカンを作る工場に勤めているホンギ(本名供引基)は朝鮮人、侘数寄者。

◇城崎に住む人達

・浦辺ヨネ
・麻衣子
・正澄
・美恵

ヨネ:上大道の増田伊佐男の子を宿し男の子(正澄)を出産(第4部)。
周栄文の娘麻衣子、女(美恵を生む)の祖母、美恵とが一つ屋根の下、ひっそりと暮らしている。
・柳田元雄 海千山千の人間だが、終戦当時松坂商会ビルに自動車部品を自転車の荷台に載せて売りに来ていたが、今はタクシー会社を経営するまでになった。熊吾の提案を受け入れ、5年に限り熊吾に利益の一部を支払うことで。。。
・海老原太一 海老原商会の社長。松坂商会ビル時代は熊吾を頼っていたが独立。熊吾に大勢の面前で恥をかかされため怨み、熊吾に忠実な井草をそそのかし、お金を持ち出させ(第一/二部)、それをあずかっていた。柳田元雄とも面識がある。

読後感

 第4部から第五部が刊行されるまでの5年は待ち遠しかった。父と子をテーマにした「流転の海」は第五部で完結編かと思っていたが、予想に反して終局の内容ではなく、あとがきを見ると、第6部の準備に掛かっているという。

 花の回廊を書かないわけにいかなかったというのは、松坂伸仁の「根」のその毛細根の部分に染み込んだ人々が登場するからとある、その舞台は阪神電車尼崎駅近くの蘭月ビルに住む住人のことである。事業に失敗し両親の住まいも、大阪船津橋の、電気も水道もない持ち主が不明のビルを借り、二人とも働くために、伸仁は妹のタネの所に預けられたその住まいは、迷路のような貧民窟と言われる、得体の知れない人々が住み、その住人達の暮らしぶりに悲喜こもごもの出来事が待ち受けていた。

 寂しがり屋である伸仁は、蘭月ビルの人々と親しくなり、意外なほど屈託なく享受している姿は、なんとも明るく、逞しく、子供子供している。しかも盲目の少女香根に対する接し方や、唐木のおっちゃんの死への関わり方などの人間的で優しい心根にほろりとさせられる。

 作者宮本輝の語り口はいかにも読者を引きつけるこつを心得ている手腕はさすがてある。舞台が大阪、尼崎などと懐かしい地名に昔を思い出しながら、一気に読んでしまった。「流転の海」は子供を育てることの意義をじっくりと感じさせる大好きな作品である。


印象に残る言葉:

物事に起滅あり、森羅万象に因果あり。(熊吾の持論)
・(滅多にないほどの器量の咲子の将来を案じ、金静子が房江に、松坂の大将や房江から釘を刺してやったら効き目があるのではという問いに対し、夫の言葉で返す房江:)
 巣から落ちた雛は育たん。ほっとくのが一番ええんじゃ。ほかの雛まで道連れにすることになるぞ。人間が巣に戻してやった雛が育つことは一度たりともなかった。
・(津久田静一が内包していた目に見えない発散物が、あの迷路のような安アパートのそこかしこに、地獄へと引きずり込む「縁」と化して漂っている。)  清らかなものに縁すれば、こちらも清らかになるが、悪に縁すれば、こちらも悪道へと引きずり込まれる。そういう意味での「縁」だ。


余談1:
この後又5年待たねばならないのかという思いである。果たして読めるのかという感慨が残る。
 背景画は作品の表紙の画を利用。 

                    

                          

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