読後感:
予備知識なしで読んでいると、発酵食品に関する話も面白いし、大前美佐緒にまつわる何かミステリー的な要素もあり、また主人公の聖司自身及び、家族、阪神淡路大震災での死にまつわる厳粛な面も盛り込まれていて、引きづり込まれるところが多々あり、上下巻の長編にかかわらず、読み切ってしまったという感じ。
中でも発酵食品のことについての乳酸菌、酵母菌などの製造場面の記述は面白い。身近なところでは糠漬けの工夫は是非やってみたいと思われるほど。おいしい漬け物を食べたい。
今なら自分でやれなくもないなあと。
小説の中には、味噌の作り方、鰹節の作り方、糠床の作り方など詳細な製造工程と職人さんの苦労など味と品質の工夫がいろいろと語られ、料理と健康に関する話も大変参考になり、こちらの方面でも参考となることが多かった。
さて、発酵食品にまつわる詳細内容もさることながら、読み切ったところでこの小説の主題は何なんだろうと思ってしまった。なにも発酵食品についてではないと思われる。
聖司と大前美佐緒との心の通い、聖司と大前彦市との接触を通し、祖母の思いを推測。また聖司を中心に丸山澄男との交友、佐久間久継の妻と娘との接触など、人生のいろいろが描かれている。それも長い時間を経てどのように変わり、つむられてきたか。
はたして、後書きに著者の意図が記されていた。
肉眼では見えないものが、時間とともに私たちの前に具現化してくる事物は数限りない。私はその一つの代表としての道具立てに「発酵食品」を使わせていただいて、それぞれの身に起こる災厄が、長い時間を経て、まったく逆のものへと変わることを「にぎやかな天地」という小説に中に沈めたかった。
印象に残る言葉、場面:
◇涼子との会話で (昨晩の若い当直医が、研修医になりたての頃大学の恩師から厳しい口調で与えられた教え)
「そうやって必死で自分の中から引きずり出した勇気っていうのは、その人が求めてなかった別のものも一緒につれて来るそうやねん」
「その人のなかに眠ってた思いも寄らん凄い知恵と・・・」
「もうひとつは、この世の中のいろんなことを大きく思いやる心。このふたつが、自然についてくるそうやねん」
(この世の中のいろんなことに思いやりを持って、右往左往せず大きく包み込む心・・・)
◇聖司が大門重夫から聞いた話。
大前美佐緒の父(鳥飼)に頼まれて大門社が作った、滝井野里雄(生涯、子供と犬の絵しか描かなかった線画の絵描きであり、本職は魚屋)が書いた楽譜の豪華本の最後に古代ラテン語で記した言葉:
私は死を怖がらない人間になることを願いつづけた・・・・。
だがそのような人間にはついになれなかった。
きっと私に、最も重要なことを学ぶ機会が与えられなかったからだ・・・。
(一行不明)
ならば、私は不死であるはずだ。
滝井野里雄って人は、小さいときからひどい喘息で、小学校も六年間のうち、合計で三年ほどしか行ってない。中学生のときも、高校生のときも、発作を起こして何回も救急車で病院に運ばれた。結局、その喘息の発作で死んだ。
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