宮本輝著 『錦繍』





                  
2010-06-25

 (作品は、宮本輝著 『錦繍』 (宮本輝全集第2巻)  新潮社 による。)
       
               
 

 初出 「新潮」1981年12月号
    「錦繍」1982年3月新潮社刊
 本書 1992年5月刊行
 主な登場人物とその概要

勝沼亜紀
(旧姓 星島亜紀)(私)(35歳)
10年前、あの事件で夫の星島靖明と別れることになり、その後父の勧める勝沼壮一朗と結婚、清高をもうける。 清高は生まれつきの障害者で、軽度ではあるが知能が後れている。
星島靖明
(37歳)
星島亜紀と大学時代からの恋愛期間を過ぎ、結婚して2年、あの事件で離婚をする。
星島照孝 星島亜紀の父。 建設会社を立ち上げその社長。靖明を後継者として考えていたが、あの事件で崩れる。
瀬尾由加子 星島靖明と東舞鶴で知り合い、その後愛人となった女性。 嵐山の<青乃家>で無理心中を企て女は死に、靖明は命拾いをする(=あの事件)。
令子 星島靖明が亜紀と離婚後1年前から関係を持ち、現在共同でPR誌を編集販売をしている愛人。
勝沼壮一朗 大学の講師、亜紀と結婚後助教授に、しかし女子学生との愛人をつくり亜紀との仲は冷え切ったまま。

読後感

 この作品を読み出したきっかけは北村薫著の「空を飛ぶ馬」で蔵王の紅葉をバックにしてこの作品が引用されていたことである。そして読み出しの初めから障害を持つ子清高と亜紀が星を見せたくて蔵王に来て、そこで思いがけなく10年前に別れた夫靖明の落ちぶれた姿を目の当たりにする。そんな場面からどんな事情があるのかこの後の展開に引き込まれた。さらに丁度そんなタイミングで、身近な友人の訃報を聞き、なんとも気持ちの揺れのある中で、作品中の<死>にまつわる描写がいたく胸に入り込んできて一気に読み進むこととなった。

 星島靖明が瀬尾由加子の無理心中の犠牲で危うく命を取り留める経験をしたことで、死からよみがえった経験から、自分とは外れて自分の死を見たという話。 一方、星島亜紀が離婚を余儀なくされ、再婚した夫との間に生まれた子が障害をもった子供が生まれてきたことに靖明のせいとの思いを持っていたが、亜紀と靖明の間の長い手紙のやりとりから、浮かび上がってくるのは“人間は変わって行く。時々刻々と変わって行く不思議な生き物だ”とあるように障害の子供を育てることで亜紀の考え方も変わっていき、靖明の人生も令子という女性の影響を受けて次第に変わっていくという大人の作品に巡り会えた感じであった。

 宮本輝の作品をこんな時期(ちょうど読み出した時に友人の死を知る)に読み当たったのも幸運と受けとめたい。


印象に残る言葉:

喫茶店<モーツアルト>のご主人の言葉:

(クラシック音楽はよくわからないという私がご主人の話をきき、何回か訪れあと)
(私)「モーツアルトという人間の奇蹟がわかりかけてきた」と言ったのに対して
(ご主人)「どんなふうにおわかりになったのか教えてくれ」との問いに、

(私)「生きていることと、死んでいることは、もしかしたら同じことかもしれへん。そんな大きな不思議なものを、モーツアルトの優しい音楽が表現しているような気がしましたの」。
・・・
(ご主人)「私は、モーツアルトのことは誰よりも知っているつもりでした。私以上に、モーツアルトを聴いた人は、そんなにたくさんいてるとは思えん。そのくらい、モーツアルトのことに関しては自信を持ってました。そやけど、モーツアルトの音楽を、星島さんが言われたようには考えたことがありませんでした。私はあれ以来ずっと、星島さんの言うた言葉の意味を考え続けて来て、いまそれがわかりました。星島さんの言うとおりです。モーツアルトは、きっと、人間が死んだらどうなるのかを音楽によって表現しようとしてたんですよ」。


余談:
 読む作品の中に死にまっすぐと向き合ったものがあると、つい感情移入してしまうことが多い。やがて死をむかえる時自分はどう迎えられるのか、色んな作品を読んでその心構えを持ちたいと思う。
 背景画は作品中にも出てきた蔵王の紅葉風景をイメージして。

                    

                          

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