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宮本輝著 『泥の河』 


                   
2006-06-25

(作品は、宮本輝著 『泥の河』 (宮本輝著全集第一巻 新潮社) による。)

             

「泥の河」は、1977年太宰治賞の受賞作品。

田村高広が亡くなった。その追悼として「泥の河」が5/29NHKBS-2で放送される。

「泥の河」?何だか聞いた名前、原作は? そう、マイタイプの宮本輝「泥の河」とわかり、早速宮本輝全集第一巻河三部作を借りて読む。

出てくる情景は、「流転の海」の昭和の戦後の頃のバックグランドがだぶつてきて、もううるうる。
短編ながら、一気に読み切る。

橋端蔵橋のたもとにあるやなぎ食堂の信雄(小学2年)(父晋平、母貞子)と最近引っ越してきた川に船を浮かべて生活する母と姉弟(銀子と喜一)との交流を、下町のかざりけのない、いいかっこしいでない、素直でずるがしこくない、ありのままの姿のやりとりにホットさせられながら、哀しくもあり、微笑ましくもある世界が展開する。

太宰治文学賞受賞作品である。
大阪の北の環境といい、信雄の言動、父晋平が新潟行きを考え、自動車の修理やばん金をする会社を作ろうとしているところなど、「流転の海」の状況を再現していて、作品づくりの裏を垣間見る思いである。

印象に残る場面:

荷車引きのおっさんが中古のトラックを今度買うよといい、最期の仕事に鉄屑を馬車で運搬していく場面の表現:

伸雄は店先の戸に背をもたせかけて、男と馬を見送った。
「おっちゃん」
男が振り返った。ただ何となく声をかけたのであった。
・・・

馬は船津橋の坂を登れなかった。何度も試みたが、あと一息のところで力尽きるのである。馬も男も少しずつ疲れて焦っていく様子が伝わってきた。車も市電も道行く人も、みな動きを止めて、男と馬を見つめていた。
「おうれ!」
男の掛け声にあわせて、馬は力をふりしぼった。代赭色の体に奇怪な力瘤が盛りあがり、それが陽炎の中で激しく震えた。夥(おびただ)しい汗が腹を伝わって路上にしたたり落ちていく。
「二回に分けて橋渡ったらどうや?」
晋平の声に振り返った男は、大きく手を振って荷車の後ろにまわった。そして荷車を押しながら、馬と一緒に坂を駆け登った。
「おうれ!」

馬の蹄がどろどろに溶けているアスファルトで滑った。信雄の頭上で貞子が叫び声を上げた。突然あともどりしてきた馬と馬車に押し倒された男は、鉄屑を満載した荷車の下敷きになった。後輪が腹を、前輪がくねりながら腕と首を轢いた。さらに、もがきながらあとずさりしていく馬の足が、男の全身を踏み砕いていく。

あとがきより(作者の言葉)

自分の小説の何処が悪いのかを糸口を与えてくれたのは、ある人の
「難しいことを難しく表現しているあいだは、まだまだ至っていないのである。本当にわかっていれば、どんな難しいことでも簡単に表現出来るはずだ」という言葉でした。

幼い私が歩いた大阪の場末の川のほとり、よるべなかった富山での短い生活、父を喪った直後の、食べるために必死でありながら怠惰(たいだ)によった歓楽の街・・・


余談1:

作品にはやはり、自分が育った環境のことが自然と織り込まれるものだなあと思う。作者のことを知り、作品を読むとなんとなく感情移入がしてくるものだ。
 
 

                    

                          

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