宮本輝著 『三千枚の金貨』








                  2011-05-25


(作品は、宮本輝著 『三千枚の金貨』  光文社 による。)

              
 

 初出 BRIO(小社)2006年4月号から2009年8月号に連載したものにプラス書き下ろし。
 本書 2010年7月刊行

宮本輝:
 1947年神戸生まれ。追手門学院大学文学部卒。1977年、「泥の河」で太宰治賞を受賞し文壇デビュー。翌年、「螢川」で芥川賞受賞。1987年、「優駿」で吉川英治文学賞受賞。純文学、大衆小説の枠組みを超える作品を著す日本を代表する小説家。

 主な登場人物:

斉木光生(主人公)
妻 佑子 41歳
娘 茉莉 14歳
    (中3)
息子 康生 (小6)
12年前まで大手の文具メーカーにいたが、先輩の間宮健之介に誘われ、宇津木、川岸とともに新しい会社“マミヤ”を興す。
5年前大腸ポリープ除去のため入院した和歌山の病院で余命幾ばくもない末期癌の患者芹沢由郎なる男から“桜の木の下の三千枚の金貨”を埋めた話を聞く。
マミヤ三銃士 間宮健之介は既成の文具に満足しないで、もっと使い勝手のいい、血の通った愛着を持たせるような商品を造って売る会社を目指し、自分の部下の三人に声を掛け“マミヤ”を創立。
人間としての最大の力は? 間宮は−運の良さ。
・宇津木民平−人柄の良さ。
・川岸知之−勘の良さ。
・斉木光生−俺には何があるだろう?
室井沙都
バーテン 桑田信造
 60歳
3年前まで都内の大病院の看護師。 いまは姉の後を引き継いで「MUROY」バーのオーナー。 芹沢由郎の入院していた病院の看護師をしていた。 芹沢由郎は沙都の姉の愛人。
姉は由菜(ゆうな)という女の子を由郎に知らせずに産んでいて、沙都の母親が養女として育てる。 いま由菜18歳。
芹沢由郎(よしろう) 父親の芹沢重光はセリザワ・ファイナンスの創設者。 由郎が3つか4つの時に母親は離婚し、由郎を連れて郷里の和歌山に帰る。 その後重光は再婚し今の芹沢一家がある。
二十年前の芹沢由郎に関する調査報告書から、由郎の数奇な運命、そして金貨を埋めたという桜の木のことが・・・。由郎の愛人は室井沙都の姉。
倉木和歌子 二十年前の報告書で由郎のことを話す女性。
末広秀和 二十年前の報告書で由郎のことを話す、高校を卒業して3年たった“釣り忍”

物語の概要図書館の紹介文より

 
 「どこかに金貨が埋められている」。桜の木の下だという。働き盛りの男3人と、彼らよりひと回り年下の女性が手を結んだ。その金貨が語る膨大な物語とは…。今の時代に大きな存在感を示す、宮本文学の凄み。 


 悲しいこと、辛いこと、腹立たしいこと。現象に揺さぶられずに人としての喜びに生き、大らかに歩める大人の心。その宝探しを4人の男女の胸躍る道程に描く。ページを繰る手を止めさせず感動へと導く宮本文学の極み。


読後感

 主人公の一人斉木光生が休暇を取ってシルクロードを旅した時の最も心に残っていることの中にあるフンザの星空の夜の話、以前読んだなあと思って振り返ると「草原の椅子」という作品があった。
 宮本輝作品には色んな教えられる事柄が組み込まれていてそれだけでも時々は読んでみたくなる作家の一人である。

 話の筋は大人三人(マミヤの三銃士)が室井沙都の要請で三千枚の金貨を探すことになるまるて大人のお伽噺のような内容ではあるが、それにまつわる話や、家庭の事情など面白い話、切ない話など飽きさせないのはさすが。

 斉木光生に謎の言葉を残して亡くなった末期癌患者芹沢由郎の人物について二十年前の調査会社の報告書に3人の由郎とのことを語るところから浮かび上がる人物像は、幼い頃にとてつもない暴力を受けて育った由郎の多面的な人となりが現されているが、出来れば末広秀和との交わりの由郎が本当の姿であればと願うところである。
 
 さて桜の木にまつわる三千枚の金貨がどこにあるかを三人が推理し、探す過程で交わす会話がまた楽しい。同じ会社でこんな友達がいるなんて・・・。

 報告書の中から金貨の有り場所を見つけ、どう処理をするかもなかなか含蓄があっておもしろい。大人の作品である。


印象に残る言葉:

◇室井沙都が習っている水墨画の小宮先生の話:

「小宮先生は、水墨画の基礎だけを教えて下さるの。 筆の持ち方、墨のすり方、墨の濃淡の作り方・・・。
・・・」

 どんな世界にも基礎としての決まり事がある。 この決まり事をしっかりと修得しておかないと、自分独自なものは生まれてこない。
 いわば不動の型で、それをおろそかにして我流で次ぎに進もうとしても必ず行き詰まってしまう。・・・

 「いまはとにかく自分で描きたいものを忠実に写生するようにって言われてるの。 鉛筆でいいのよ。 でも忠実な写生でないと駄目だ、って。 適当なデフォルメは断じて認めない。 風景をスケッチするとき、遠くの電線四本を、ずるして三本にしてはならない。 瓦屋根の瓦の数を誤魔化してはならない。 私、それを先生の仰有るとおりにやってて、ひとつ気づいたことがあるの」
「どんなこと?」 ・・・・
「私はこれまで風景を見ても花を見ても、人間の顔を見ても、じつはなんにも見えてなかったんだ、ってこと。 斉木さんも一度やってみたらいいわ。 奥さんの顔がいちばんいいかもしれない」


余談:
 
作品を読んで作家を知る。作家を知ってまた作品を読む。それでさらに作家を知る。これが読書の楽しみでもある。たくさんの好ましい作家に出会えることを楽しみに読書を続けよう。
  ☆ 背景画はメイプル金貨(カナダ王室造幣局発行の地金型金貨。表面はエリザベス二世の肖像。
     裏面はサトウカエデの葉が浮き彫りにされている。純度99.99%以上の純金製(24カラット))

                    

                          

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