宮部みゆき著 『理由』





                  2009-12-25


 (作品は、宮部みゆき著 『 理由 』       朝日新聞社による。)

              
 

初出 1996年9月から1997年9月まで朝日新聞夕刊に連載。
単行本化にあたって加筆された。

本書 1998年6月刊行
本作品は1999年?直木賞を受賞。

宮部みゆき:

 1960年東京都生まれ。法律事務所勤務ののち小説家に。87年「我らが隣人の犯罪」でデビュー。89年「魔術はささやく」で日本推理サスペンス大賞、92年「龍は眠る」で日本推理作家協会賞、99年「理由」で直木賞を受賞する。また01年「模倣犯」がベストセラーとなり話題となる。

物語の展開:

 1996年6月2日大雨の降る未明、荒川区の高層マンションで一家四人の殺人事件が起きる。 住人が入れ替わっていたという事実と、高層マンションの住人という特別な事情も障害となり殺害された住人の身元をなかなか特定できないでいた。 目撃情報もなかなか信憑性に疑われるところが多かったが、やがて殺害された人物像が次第に明らかになっていくとともに、家庭の事情、家族の人間関係の模様がつまびらかになっていく。

主な登場人物:
 
小糸信治
妻 静子
長男 孝弘
夫の姉 小糸貴子
小糸一家、平成4年に荒川のヴァンダール千住北ニューシティーの高層マンションを購入し、20階の2025号室に入居。しかし支払いに滞り、買い戻すつもりで夜逃げして姿を隠す。
小糸信治 41歳、機械メーカー勤務。
静子 40歳、衣料品店に勤務。
孝弘 学校通い。
石田直澄 46歳
妻 幸子(死亡)
長男 直己
長女 由香里
直澄の母親 キヌ江
和菓子屋を継がず、東京に。ニッタイの配送部にいたが移転を期に退社し、大手物流会社三和通運の契約社員として働く。高層マンション2025号室の買受人。
石田直澄は一家4人殺しの容疑者としての疑惑を持たれ、4ヶ月間の逃亡生活をする。
直己 大学2年、由香里 高校2年、息子にも馬鹿にされ、競売でマンションを手に入れたのも父親としての見返しの気持ちも。
マンションで殺害されていた砂川一家
砂川信夫
妻 里子
長男 毅(つよし)
夫の母親 トメ
高層マンション2025号室の占有屋。一家4人殺害される。
しかし、信夫以外名前だけをかたるニセの家族であった。
砂川信夫 45歳、里子48歳、毅21歳、トメ86歳。
実際の砂川里子は深谷で伊沢夫妻のサンドイッチスタンド「あしべ」で働いている。
夫の信夫は15年前蒸発、行方不明に。
毅は大宮市の内装工事会社に勤務。
トメは3年前から特別養護老人ホームに入っている。
室井家
姉 室井綾子(18歳)
弟 康隆(16歳)
母親 敏子
父親 睦夫
江戸川区で宝食堂を経営している。
綾子は高校に行かず家の商売を手伝う。八代祐司と恋愛し赤ん坊(祐介)を産む。しかし八代祐司は家族に挨拶の日綾子とは結婚しないと言う。でも綾子は別れきれずに家族に内緒で八代に会いに行き、あの人を殺したと。弟の康隆は姉の理解者であり相談相手。
八代祐司 21歳 会社員、家庭の良さを知らずに育ち、冷たい心を持ってしまっている可哀想な人と綾子(談)。
片倉義文 42歳
妻 幸恵 40歳
長女 信子(中1)
弟 春樹(小6)
祖母 たえ子 68歳

片倉ハウス(簡易宿泊旅館)の経営者。
幸恵とたえ子はしょっちゅうもめていて、父親の義文は片倉ハウスの方に避難することが多く、母親と祖母の仲裁も出来ずにいる。


補足説明:
ヴァンダール千住北ニューシティー:合成染料会社(株)ニッタイの移転跡地に建築された東西2等の高級マンション。
買受人:滞納で債権者が抵当権を執行し、裁判所が競売をして入札し買い受けた人。
占有屋:抵当権者や買受人に対抗することを職業的にやっている者。

読後感 

 この作品の語りというか記述の方法が一寸変わっている。本稿を作成するためのインタビューの形で進行している点にある。
 そんなところから色んな情報が錯綜していて果たして何が真実であるのかは暫く立たないと分からない。

 一方で、高層の高級マンションという場で起きる様々の人生模様があぶり出されていて、現実の世の中の世相が色濃く出ている点は興味深い。
 一家四人の殺人という華々しい惨劇ながら、競売、占有屋、買受人という一般の人には経験のない事柄について初めて知ることが出来たこと。

 殺害された2025号の砂川家が偽家族であったという思いがけない事実、その素性と共にどのような理由でこのようになってきたかも謎が深まるばかり。
 ミステリーの内容も興味深い。
 さらに高層マンションの住民の色々な問題も現実感が味わえ世情を思う礎にもなった。

 色んな家庭の事情を持つ家族が出てきたが、現代の世情もよくにじみ出ていて、単にミステリー作品という範疇のものでなく、味わえる作品であった。


印象に残る言葉

 事件が終了後石田直澄がインタビューに答えて語る言葉: 

「片倉さんねえ、いい人でしたなぁ。・・・
 あの娘ねえ、片倉さんが私の寝ていたベッドのところにあがってきたとき、ビニール傘をね、こう前に構えてね、そりゃ一所懸命な顔をしてたですよ。お父さんを守ろうってね。あれはねえ、たまりませんでしたよ。なんか、あれで私、いっぺんに里心がついちまったというか、うちの娘のことなんか思い出しましてね、あのとき信子ちゃんが居なかったら、私もね、正直に話す決心が、すぐにはつかなかったと思います。ホントにね。信子ちゃんのあの顔見てね、この家の人たちに、人殺しだと思われるのは嫌だなあって、思ったですよ。逃げ回るのにくたびれてたのはとっくにとっくだったけども、本当に弱気になって、なんかこうね、私は人殺ししてないよって言いたくなったのは、片倉さんたちに会ったからですわ」


余談:
 

 色んな家族の父親の家庭内での立場のこと、母親と姑の仲、子供と父親への思い、若者の世の中への順応性といったほぼまともでない例が出てきたが、片倉ハウスの父親に対する一番まともとも思える中2の片倉信子の感情が何か救いのような気持ちであった。
 また、室井綾子の八代祐司を思う気持ちも女性であり、母親でもある人間として理解できるものではなかろうか。
 背景画は物語中、突然現れる超高層マンションをイメージして。 

                    

                          

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