宮部みゆき著
     
『おまえさん








                  2013-06-25




(作品は、宮部みゆき著  『おまえさん』  講談社による。)

           
     
 

 初出 「おまえさん」 小説現代 2006年8月号〜08年9月号
    「残り柿」   小説現代 2008年11月号〜09年1月号
    「転び神」   小説現代 2009年2月号〜4月号
    「磯の鮑」   小説現代 2009年5月号〜7月号  
     「犬おどし」   書き下ろし

 本書 2011年(平成23年)9月刊行。 書き下ろし作品。

宮部みゆき: 本書より

 1960年生まれ、東京都出身。87年「我らが隣人の犯罪」でオール読み物推理小説新人賞を受賞してデビュー。92年「龍は眠る」で日本推理作家協会賞長編部門、同年「本所深川ふしぎ草紙」で吉川英治文学新人賞。93年「火車」で山本周五郎賞。97年「蒲生邸事件」で日本SF大賞。99年「理由」で直木賞。

 2001年「模倣犯」で毎日出版文化特別賞、02年司馬遼太郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞文学部門。07年「名もなき毒」で吉川英治文学賞。その他、著作多数。

物語の概要:図書館の紹介記事より

上巻 
 瓶屋の主人・新兵衛が斬り殺された。ぼんくら同心・井筒平四郎は、将来を期待される同心・間島信之輔と調べに乗り出す。その斬り口は、少し前にあがった身元不明の亡骸と同じで…。ぼんくらシリーズ第3弾。
下巻 
 20年前から続く因縁は、思わぬかたちで今につながり、人を誤らせていく。こんがらがった人間関係を、ぼんくら同心・井筒平四郎の甥・弓之助は解き明かせるのか…。宮部みゆきにしか書けない奇跡の大長編。


主な登場人物:
 
井筒平四郎

中間 小平次
八丁堀本所深川方定町廻り同心。間島信之輔が“凛”“健”なら平四郎は“怠”“貧”。
小平次は物わかりの好い中間。
弓之助
四男の兄
 淳三郎
井筒平四郎の甥で、平四郎の知恵袋。佐賀町の藍玉問屋河合屋の五男、度はずれの美形、14歳。井筒家の跡継ぎとして熱望されている。頭が切れる。
淳三郎は放蕩息子、遊び人ではあるが、その人柄は大した物であることが・・・。
間島信之輔
母親 伊勢殿
大叔父
 本宮源右衛門
本所深川方定町廻り同心で新任、若干20歳。切れ者との噂有り。人柄は爽快、誠実、弱点は醜男。瓶屋の史乃に気がある。
本宮源右衛門は身内のもてあまし者。変わり者。政五郎の仲間内ではちょっとした名物男。
政五郎
女房 お紺
手下 おでこ
手下 猪次(蕎麦屋)
本所深川の仕切りを茂七大親分から引き継ぐ岡っ引き。
お紺は蕎麦屋を切り回す。
おでこは政五郎の一の手下。名を三太郎という。弓之助と同い年。どんなことでも一度聞けば覚えてしまう特技を持つ。
生みの親は、今は玉井屋の女房。
お徳
女中 おさと、おもん
お菜屋“おとし屋”を営む太りじしのお節介で良く気の利く女。
おさととおもんは、昔はお徳の商売敵の女中だったのを引き取って雇っている。
瓶屋 新兵衛
おかみ 佐多枝
娘 史乃

   (ふみの)
生薬屋、“王疹膏”で評判、“本家大黒屋秘伝”の看板を掲げる。20年前大黒屋から独立。
佐多枝
(後添い)30過ぎの生き人形のさながら。栗橋文蔵の先の妻。文蔵の死で瓶屋に再縁。
史乃は美少女。先のおかみの子、佐多枝とはしっくりいっていない。
大黒屋 藤右衛門
(若い頃の名 直一)
7代目、先代の妹が生んだ子、奉公人として大黒屋で働いていて、跡取りとなる。
“ざく”として新兵衛、直一そして見習いに久助がいた。
おとし 美貌の女差配人。栗橋文蔵亡き後、瓶屋新兵衛と佐多枝の再縁について世話をした。また新兵衛亡き後、史乃を支え瓶屋の面倒を見ている。
久助 大黒屋にざくとして見習いしていたこと有り。その後大黒屋を去り転々とする。
玉井屋 千蔵
妻 きえ
老番頭 善吉
花川戸町の空樽問屋の当主、70歳。
きえは三番目の女房、3年前5人兄弟の末っ子三太郎を手に負えないと、政五郎が引き取っている。
栗橋文蔵 町医者、酒好きで“どぶ板先生”と呼ばれる。
瓶屋新兵衛とは隣人ということもあり懇意であった。当時佐多枝は文蔵の妻。
松川哲秋 松川家から、継ぐ家もなく栗橋医師の招きで助手として部屋住みの青年。万事に控えめ、おとなしい気性。
村田玄蔵
若先生 小谷登
女中 お駒、おとし
内神田高砂町の医師。大黒屋を去った久助もいたことがある。
おとしは玄蔵医師に憧れている。
お駒 気働きのきく村田家の女中。
彦一 木挽町にある立派な料理屋“石和屋”の庖丁人。兄弟子を追い越しての庖丁人となったことで、逃げ出しておとしの店を手伝ったり。お六と恋仲。
お六 神田多町(たちょう)の“いさご”という飯屋で働く。
 

読後感

 ぼんくらシリーズとして「ぼんくら」「日暮らし」に続く第3弾。井筒平四郎とお徳、政五郎、弓之助、おでこと言った馴染みの顔に、今回は間島信之輔という若干20歳の同心が加わっている。

 事件は色々起こるが、一本筋が通っているのが袈裟懸けで背中を一刀両断に切られている人物が一人、二人と増えていくこと。

 身元が分かってきてその背景が分かり出す過程で下町人情のほんわかとした時代が浮かび上がってくる。それだけでも読んで儲けものととも。

 井筒平四郎の軍師、知恵袋の弓之助が関係者一同を集め推論を展開する場面<下巻>は圧巻。 客人として招かれている人物達の反応、告白、反論したり同情をしてみたりと心情の変遷が引きつける。しかもこれは推論だけ、このあとどうするかも又興味をひく。

 この推論時の話を聞いた、あまり登場することもない平四郎の妻の、ずばっと展開する推論にたじたじの平四郎、妻と弓之助との血の繋がりを感じるところも秀逸。
 さてこの後の展開に引き込まれていく。

 史乃が出奔、哲秋とも姿を消した後が「残り柿」「転び神」「磯の鮑」と展開、最後に「犬おどし」でふたりの決着がつくことになるが、「磯の鮑」が秀逸。

 生真面目で若い間島信之輔は「おまえさん」のところで失態を演じ、大叔父の間宮源右衛門がそれを庇って自分のこととして居候の間島家を解放されることになるも、信之輔は史乃への想いに悩み、大叔父に対する申し訳のなさ等すっかり落ち込む中、史乃の母親佐多枝の言葉、さらには女差配人の放つ的を得た辛らつな言葉、お駒やお徳からのきっぱりとした言い分、でもお駒からも「間島様ったらお優しいんですね」にほろりとなる。

 はたまた、遊び人の井筒平四郎の知恵袋弓之助の兄淳三郎が遊び人で何の苦労もなさそうなのに、平四郎から頼まれ仕事をさらっとやってのけることに悔しんだり好ましい若者の姿が清々しい。

印象に残る表現

・「磯の鮑」で、女差配人おとしが放つ言葉:

間島様―――
 おとしの声に、ぴしりと芯が通った。
「佐多枝さんも史乃さんもあなた様にどうにかできるような女ではございません。それどころか、いまのあなた様には、女という女が手に負えません」
 あなたがご自分を見失っているからです。
「いい加減で、目をお覚ましなさいませ」

 瞬間、信之輔の目の前が真っ白になった。それからじんわりと朱に染まった。血の色だ。彼の脳裏、彼の心底を染めあげる血の色だ。
 その血は苦く、熱かった。舐めれば恥の味がした。
 気がつけぱ、おとしは消えていた。洗い張りの板が彩る冬の物干し場を、木枯らしが吹き抜けてゆく。

・同じく「磯の鮑」で村田玄蔵医師の女中お駒がは放つ言葉:

「男って、どうしてああいう女(佐多枝のこと)がいいんだろう。若先生も憧れちゃってるみたいなんですよ。莫迦だよね」
 思わず、信之輔は問い返した。「おまえも瓶屋のお内儀が嫌いか」
 そんなに意味を込めて問うたつもりはなかった。が、お駒はぱっと身構え、両手を腰にあててしげしげと信之輔を見据えて、またぞろ鼻から息を吐いた。
「あ〜あ、皆様お揃いで転がされちゃって、おめでたいったらありゃしない」嘆いてはいるが、いつかのおとしを思い出させる表情の、毒と棘だった。
 ・・・
「間島様ったらお優しいんですね」
 信之輔の胸の傷が疼いた。
「割り切らなくっちゃしょうがないんです。おしんちゃんがそれをわかってないんなら、あたし、あの子を見損ないました」


余談:
 本稿でも宮部みゆき作品は割と沢山読んできたが、実に色々な分野の作品をしかも多数書かれていることに感心する。しかもここの作品の完成度が又高いのも実に嬉しい。読む本を選ぶのに困った時は宮部作品を選択するとこれがまた落胆なしというのも読書好きにとって堪らない。
背景画は物語中の古家の写眞館のイメージを感じさせる犬山市の史跡敬道館のフォトを利用して。 

                    

                          

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