読後感:
ぼんくらシリーズとして「ぼんくら」「日暮らし」に続く第3弾。井筒平四郎とお徳、政五郎、弓之助、おでこと言った馴染みの顔に、今回は間島信之輔という若干20歳の同心が加わっている。
事件は色々起こるが、一本筋が通っているのが袈裟懸けで背中を一刀両断に切られている人物が一人、二人と増えていくこと。
身元が分かってきてその背景が分かり出す過程で下町人情のほんわかとした時代が浮かび上がってくる。それだけでも読んで儲けものととも。
井筒平四郎の軍師、知恵袋の弓之助が関係者一同を集め推論を展開する場面<下巻>は圧巻。 客人として招かれている人物達の反応、告白、反論したり同情をしてみたりと心情の変遷が引きつける。しかもこれは推論だけ、このあとどうするかも又興味をひく。
この推論時の話を聞いた、あまり登場することもない平四郎の妻の、ずばっと展開する推論にたじたじの平四郎、妻と弓之助との血の繋がりを感じるところも秀逸。
さてこの後の展開に引き込まれていく。
史乃が出奔、哲秋とも姿を消した後が「残り柿」「転び神」「磯の鮑」と展開、最後に「犬おどし」でふたりの決着がつくことになるが、「磯の鮑」が秀逸。
生真面目で若い間島信之輔は「おまえさん」のところで失態を演じ、大叔父の間宮源右衛門がそれを庇って自分のこととして居候の間島家を解放されることになるも、信之輔は史乃への想いに悩み、大叔父に対する申し訳のなさ等すっかり落ち込む中、史乃の母親佐多枝の言葉、さらには女差配人の放つ的を得た辛らつな言葉、お駒やお徳からのきっぱりとした言い分、でもお駒からも「間島様ったらお優しいんですね」にほろりとなる。
はたまた、遊び人の井筒平四郎の知恵袋弓之助の兄淳三郎が遊び人で何の苦労もなさそうなのに、平四郎から頼まれ仕事をさらっとやってのけることに悔しんだり好ましい若者の姿が清々しい。
印象に残る表現:
・「磯の鮑」で、女差配人おとしが放つ言葉:
間島様―――
おとしの声に、ぴしりと芯が通った。
「佐多枝さんも史乃さんもあなた様にどうにかできるような女ではございません。それどころか、いまのあなた様には、女という女が手に負えません」
あなたがご自分を見失っているからです。
「いい加減で、目をお覚ましなさいませ」
瞬間、信之輔の目の前が真っ白になった。それからじんわりと朱に染まった。血の色だ。彼の脳裏、彼の心底を染めあげる血の色だ。
その血は苦く、熱かった。舐めれば恥の味がした。
気がつけぱ、おとしは消えていた。洗い張りの板が彩る冬の物干し場を、木枯らしが吹き抜けてゆく。
・同じく「磯の鮑」で村田玄蔵医師の女中お駒がは放つ言葉:
「男って、どうしてああいう女(佐多枝のこと)がいいんだろう。若先生も憧れちゃってるみたいなんですよ。莫迦だよね」
思わず、信之輔は問い返した。「おまえも瓶屋のお内儀が嫌いか」
そんなに意味を込めて問うたつもりはなかった。が、お駒はぱっと身構え、両手を腰にあててしげしげと信之輔を見据えて、またぞろ鼻から息を吐いた。
「あ〜あ、皆様お揃いで転がされちゃって、おめでたいったらありゃしない」嘆いてはいるが、いつかのおとしを思い出させる表情の、毒と棘だった。
・・・
「間島様ったらお優しいんですね」
信之輔の胸の傷が疼いた。
「割り切らなくっちゃしょうがないんです。おしんちゃんがそれをわかってないんなら、あたし、あの子を見損ないました」
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