三浦綾子著 『氷点』



                
2007-06-25









  (作品は、三浦綾子全集第1巻 氷点、続氷点 三浦綾子小説選集<2> 
    いずれも主婦の友社  による。)


                    

 この小説が出来た背景をエッセイ「遺された言葉」で知った。すなわち、女学校を出て7年間、小学校の教師をしていて、その後13年間肺と脊椎を病んで療養生活、結婚して4年目、41才の時のこと。小説「氷点」は朝日新聞の一千万円懸賞小説の社告をみせられ、その夜寝つきが悪く、床の中でいつの間にか長編のストーリーを考えていて、そのあらすじを慎重居士の夫に話したところ、珍しく「うん、いいね。書いてごらん」と言ってくれた。テーマは原罪である。


「氷点」の主な登場人物
辻口啓造 北海道旭川市郊外の病院院長。学者肌で神経質だがどげとげしいところは少ない、物静かで優しい夫。しかし妻と村井の密会を怪しみ、ある計画を立てる。
夏枝 啓造の妻、美貌の持ち主。夫が出張中、村井とのきわどい関係を楽しむため、ルリ子を外に出したことから、殺され、苦しみの年月を過ごすことになる。
ルリ子亡き後、陽子を可愛がり、陽子は自慢の妹である。
ルリ子 3才の時、家を飛び出したところ、運悪く佐石という男と川原に行き、そこで首を絞められ殺される。
陽子 高木から、ルリ子の身代わりに育てるという辻口夫妻の希望で、辻口家にやってきたことから、非情な運命が待ち受けていた。
高木雄二郎 啓造の学生時代からの親友、目鼻立ちの大造りな豪放磊落型の男。産婦人科医であるが、専門外の乳児院の嘱託をしている。啓造のたっての頼みで、生まれて1ヶ月の赤ん坊を、その出生は啓造以外誰にも教えないということで辻口家に預ける。
村井靖夫 辻口病院の眼科の先生、女好みで、夏枝に言い寄る。一時、肺結核の療養のため洞爺に行く。
藤尾辰子 資産家の一人娘。女学校時代から夏枝の友人、日本舞踊の師匠をしている。男気のさっぱりした性格で、辻口家と親しい。
北原邦雄 大学時代の徹の親友。徹は、一時は、陽子が北原と結婚をすればよいと願ったのだが・・・


読後感:

 小刻みに、何かことが起こりそうな予感を常に読者に想像させ、引き付けて放さないような展開の仕方がいかにも新聞小説である。そのこともこのエッセイに記されている。

「物語性のみならず、小説自身にかなり重要な問題を持たさなければならない。できるなら毎回、何か読者の心に訴えて行かねばならない。それは何か。作者自身の真実な叫びではないかと私は思った」とある。

 小説の中に北海道の雰囲気を醸し出させる樹の名前が色々と出てくる。よく小説の中に樹が情景を表す手段として重要な位置を占めていることがあるが、1年ほど前から樹の名前を調べるようになって、小説の中に樹の名前が出てきてそれを知っているとその情景が思い浮かべられるので非常にうれしい。「氷点」には沢山の樹が出て来て、なかなか知らないものもあるが、何か情景が想像できるような雰囲気が気に入っている。

 驚いたことにインターネットには「氷点」に出てくる樹の名前が整理されて載っているのには、やっぱり関心を持つ人もいるのだなあと嬉しくもある。
それだけ著者が拘っていたようだ。
ストローブ松、ドイツトーヒ、ムラヤナ松、落葉松、五葉松、エンジュの木、ナナカマド、ポプラ、カツラ、エルム、ニレ、アカシアの白い花、プラタナス、イチイ、ライラック、アララギ、いぼたの生垣、カエデ、こぶしの花、夾竹桃など

 登場人物では、夏枝という女性の性格はごく普通にいるような気がするが、なんとも自己中心でイヤな性格。夫の啓造は村井と夏枝の間を疑い、さらにとんでもない計画(普通ならあり得ないこと)を実行するが、その後反省をしてからはまっとうな親らしい大人の行動をとっている。


印象に残る場面:

◇茅ヶ崎のおじさん(夏枝の父)が陽子に対していう言葉:

「何度も手をかけることだ。そこに愛情が生まれるのだよ。ほうっておいてはいけない。人でも物でも、ほうっていては、持っていた愛情が消えてしまう」

◇相沢の父(佐石の娘である順子を引き取って育てている)の言葉: (続氷点)

「ほうたいを巻いてやれないのなら、他人の傷にふれてはならない」

◇啓造の言葉: (続氷点)

「愛とは感情ではなく、意志である」



余談:
 物書きの人は一般の人と違い、重い病気に罹ったとか、苦しい体験を経験した人が多い。そこから人の生き方や心情をつかんで、人に伝えたいのであろう。
 平々凡々と過ごしてきた身にとっては、ちょろつと書いて、人を感動なんかさせられないなあと、わかってはいるが・・・。

背景画はヨーロッパトウヒの木立のフォトから。

                                              

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