湊かなえ著 
        『夜行観覧車』、『少女』




                 
2010-10-25



(作品は、湊かなえ著『夜行観覧車』(双葉社)、『少女』(早川書房)による。)

          

◇夜行観覧車:
 初出 「小説推理」2009年8月号から2010年3月号に連載。
 本書 2010年6月刊行。

◇少女:
 書き下ろし作品
  本書 2009年1月刊行

湊かなえ:
 
 1973年広島県生まれ。武庫川女子大学家政学部卒。2005年第2回BS-i新人脚本賞で佳作入選。2007年第35回創作ラジオドラマ大賞を受賞。同年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞。
 

物語の概要 (図書館の紹介より)

 ◇夜行観覧車:
 父親が被害者で母親が加害者。高級住宅に住むエリート一家で起きた、センセーショナルな事件。その家族と、向かいに住む家族の視点から、事件の動機と真相が明らかになる…。衝撃の「家族」小説。
 ◇少女:
  高2の夏休み前、由紀と敦子は転入生の紫織から衝撃的な話を聞く。彼女はかつて親友の自殺を目にしたというのだ。その告白に魅せられたふたりの胸に、ある思いが…。ベストセラー『告白』に続く衝撃作。 

 主な登場人物:
 ◇夜行観覧車:

遠藤家
父親 啓介
母親 真弓
娘 彩花

坂の上にある高級住宅地ひばりヶ丘で一番小さいという家で築3年。
啓介は中堅の住宅メーカの系列の工務店勤務。
真弓は短大卒後その住宅メーカの展示場に勤め、啓介と知り合う。いまは坂の下の離れたスーパーにパート勤め。
彩花は私立の中学受験(S女子学院)に失敗し、坂の下にある公立のA中学3年生、バスケ部補欠。時々癇癪を起こし、家でのバトルがしばしば目撃されている。
彩花は高木俊介に似ている高橋慎司が好き。

高橋家
父親 弘幸
母親 淳子(後妻)
長男 良幸
長女 比奈子
次男 慎司

遠藤家の向かいの豪華な造りの大きな家、子供達は礼儀正しく、容姿も整っている。
弘幸は大学病院勤務。
淳子は4歳の良幸を分け隔てなく育てるも・・・。
良幸は関西の大学の医学生で下宿生活。先妻の子。
比奈子は私立S女子学院(お嬢様校)に通い彩花より2つ年上。
慎司は坂の上にある私立K中学(県内一の名門校)通い、彩花と同じ中学3年生。バスケ部。

小島さと子

隣り家のおばさん。人の良さそうなおばさんを装った金持ち奥様。頼りになる先住人、一方、間違った思いこみを持つ。
息子のマー君(妻 里奈)は海外に住んでいる。

鈴木家
父親
母親
娘 歩美
弟 弘樹

高橋比奈子は事件当日鈴木家に泊まりに来ていた。
歩美は高橋比奈子と私立女子校中等部入学した頃からの友人。
母親は料理教室の講師、家庭内でも食べることに対しては口うるさい。
ひばりヶ丘とは違う坂の下に住む。

高木俊介 去年の秋にデビューのアイドル歌手。顔も頭も良い。

(補足)父親殺人事件:

 絵に描いたように非の打ち所がない高橋家で家庭内殺人事件が起こった。父親の弘幸が頭を殴られ病院に運ばれるも死亡。母親の淳子が自分が殺したと自白。母親と息子らしい言い争いの声を真弓(他にもいるらしいが・・・)が聞いたが、関わりを怖れ警察には知らないと。

 ◇少女:

草野敦子
(あつこ)

桜宮高校の女子高生。小学校1年から剣道教室に通い、瞬発力や反射神経やたらに良く小6で全国優勝、しかし中3の夏足ひねり思いっきり身体を動かすことを辞める。周囲に同調することに必死。過呼吸の症状を持つ。

桜井由紀
おばあちゃん
(水森)

桜宮高校の女子高生。敦子と仲良しであったが、小5で剣道辞め、いつも無表情で無愛想なくせに他のこの迫害受けず。本を読んだり、ものを書くことに優れる。左手に謎の切り傷、握力が低い。本当に仲良しなのかわからないところも。
おばあちゃん:元学校の教師、認知症で<シルバーシャトー>に入居できる。由紀は因果応報!地獄に堕ちろ!と家を出ていったことを喜ぶ。

紫織 泰明高校からの転校生。友達の自殺を体感し、転校。由紀と敦子の仲に入ってくる。
牧瀬 由紀の図書館デートの相手。

<シルバーシャトー>
特別養護老人ホーム

・おっさん(高雄孝夫) 雑用係のドンくさいおっさん。30代半ば、離婚歴、無口、不器用。
・リーダー 大沼さん
・小沢さん 介護福祉士。

<小鳩会>
読み聞かせボランティア

・代表 岡田さん
エプロンシアターの人形劇を得意とする。

K付属病院小児病棟
田中昂くんと
タッチーこと太一
(渾名 肉まん)

昂:難しい手術を前に離婚して別れた父親に会いたがっている。
太一:由紀に昂のお父さんに会わせる為父親探しを頼む。


読後感:
 

◇夜行観覧車:

 ひばりヶ丘の高級住宅地に住む高橋家とその向かいに住む遠藤家そして隣り家に古くからひばりヶ丘に住む小島さと子。
 それぞれの家庭にある家庭の事情と外観から見えてくる家庭の姿。受験にからむ子供の進路の問題とか兄弟姉妹の間のわだかまり、学校内での友達、親子の期待と実力、家庭の貧富のレベル差など、それぞれの境遇であきれつがありながら、外との関わりの煩わしさ、無関心そんな事情を織り込みながら、父親は誰に殴り殺されることになったのか、本当の犯人は誰?どうして殺されなければならなかったのか?が次第に明かされていく。

 推理小説でもあり、家庭内の騒動の成り行きを混ぜながら物語は展開していく。
非常に現代的な現象を取り上げながら、家を持つことの期待、いい学校、教育レベルの高い学校、地理的に坂道の上の方にそのレベルが象徴されているバックグランドが・・・・。

 彩花の癇癪のスイッチオンの時間、慎司の母親の慎司への言葉による押しつけと慎司の弱さ、彩花がつぶやいた「坂道病」とは?

 物語の終盤で小島さと子の頼もしさ、高橋家の三兄弟の結束ぶり、遠藤家の事なかれ主義の啓介の奮起と鈴木家の子供達の行動、殺人事件を機にお互いの理解と変革がもたらされていく様にほっと安らぎを感じつつ、でも明日からの試練は変わらないのかも。

◇少女:

 由紀と敦子の幼友達でありながら、ある事件をきっかけに気まずくなり疎遠になってはいるが、お互い気になっている。そして体育の授業に出られないための単位取得の補修として敦子が養護特別老人ホームに参加して要介護のお年寄り達に出会い、雑用係のおっさんの手伝いをしながら色々と経験し次第に由紀の想いを知ることになる。

 一方、由紀の方もボランティア活動にかかわることで事件に巻き込まれ敦子のことを理解できるようになる。そんな甘酸っぱい話が“死にたい”とか“身近な人が死ぬ瞬間を見たい”といったありがちな妄想をいだきながら、同級生との接触でなく、もっと年の離れた人との接触から体得し成長する姿が後味よい。

 なかでもドンくさいおっさんといわれる高雄孝夫なる人物の姿は、年齢の関係もあるが、格好いいわけでもなく、不器用な行動、なのに文学愛好家で“ヨルの綱渡り”の小説にまつわる敦子とのやりとりには、なんだかジィーンとくるものがあった。

印象に残る場面:

◇夜行観覧車:

癇癪を起こし、しばしばバトルを繰り返す彩花が、洩らす言葉:p313-314

「坂道病」

「普通の感覚を持った人が、おかしなところで無理して過ごしていると、だんだん足元が傾いてくるように思えてくるんだよ。精一杯踏ん張らなきゃ、転がり落ちてしまう。でも、そうやって意識すればするほど、坂の傾斜はどんどんひどくなっていって・・・おばさんはもう限界だったんじゃないの?」


  

余談:
 

 家をどこに建てることに関して作品中にあるようなことが必ずあるだろうなあと。昔家を建てる時のことを思い出しながら考えた。自分の身の高さにあったところに、それに相応しい家を建てること。そんなことを思い返した。


背景画は本書にあるような坂道のある高級住宅街をイメージして。

                    

                          

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