南杏子 『サイレント・ブレス』



              2020-08-25


(作品は、南杏子著 『サイレント・ブレス』      幻冬舎による。)
                  
          

  本書 2016年(平成28年)9月刊行。

 南杏子
(みなみ・きょうこ)(本書による)  

 1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、都内の大学病院老年内科などで勤務したのち、スイスへ転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを務める。帰国後、都内の終末期医療専門病院に内科医として勤務。本書がデビュー作。

主な登場人物:

水戸倫子 新宿医科大学病院総合診療科の外来担当医師、37才。10年目のこのタイミングで大河内教授より「むさし訪問クリニック」行きを告げられ、戸惑う。
大河内教授

新宿医科大学病院総合診療科のボス。「医師の勉強は大学を離れてから始まるんだよ」と。
倫子たちと「木曜会」という症例報告会を行っている。

[むさし訪問クリニック]のスタッフ

・亀井純子(通称 “亀ちゃん”)医療事務担当。
・武田康介(通称“コースケ”)看護師、30才。

ケイちゃん 食事処「ケイズ・キッチン」を営む。

[ブレス1
スピリチャル・ペイン

スピリチャル・ペイン:魂の痛み
知守綾子(ちもり)

末期の乳がん患者。有名なジャーナリスト。
先生にお願いするのは「きれいに終わらせてくれればいいわ」と。

加奈

綾子の弟の奥さん。
・夫 満夫

スキンヘッドの男 時々綾子の部屋を訪れてくる謎の男、40才くらい。

[ブレス2]
イノバン

イノバン:命の番人

天野保
母親 和子
ネコ 

筋ジス(進行性筋ジストロフィー)の患者、22才。人工呼吸器を付け、車椅子生活者。自らの力で生きている。
・母親 電気代滞納の常習者。
・ネコの‘マユユ’は保の友達。

[ブレス3]
エンバーミング

エンバーミング:遺体に殺菌剤や防腐剤、樹脂などを注入して行う遺体の保存方法

古賀芙美江
長女 妙子
長男 純一郎

老衰性の変化のみで処方薬なしの老婦人、84才。夫は59才で脳出血で没。食事量は少なく、リハビリはもう沢山。「食べるのも休むのも好きにさせて。お迎えが早く来ても構わない」と。
・妙子 丁寧な介護を心がけている。
・純一郎 親不孝の穴埋めと、出来るだけのことをしたいと倫子を責める。

[ブレス4
ケシャンビョウ

ケシャンビョウ:中国黒竜省にある克山県(ケシャン)の地名を取って呼ばれる風土病。特に心筋症患者が多かった。
高尾花子(仮称) 身元不明の10才くらいの可愛い女の子。
言語障害、酷い病院嫌い、人見知りが酷い。

小松敦夫(あつお)
妻 千夏

高尾登山電鉄ケーブルカーの土産物店「小松屋」の60代の夫婦。
「もみじ広場」で倒れていた高尾花子を助け、里親の役。

糸瀬英人(ひでと)

新宿医科大学付属高尾病院リハビリテーション科・医長。
倫子の、大学医学部の同期生。倫子に花子の在宅診療を依頼。

[ブレス5]
ロングターム・サバイバー

ロングターム・サバイバー:長期生存者

権堂勲(いさお)
奥さん 志乃

新宿医大病院の名誉教授、72才。外科学の元教授、消化器癌の権威。末期の膵臓癌(余命3ヶ月)で自宅療養に。

木之内真(まこと) 「週刊ゴールド」編集長。

[ブレス6]
サイレント・ブレス

サイレント・ブレス:穏やかで安らぎに満ちたサイレント・ブレス

父親 水戸慎一
母親

水戸倫子の両親。慎一は薬剤師、78才。自宅は横浜。69歳の時一回目の脳梗塞。72歳で二回目。さらに何度か小さな脳梗塞。手足が左右不自由に、麻痺、声がほとんど出なくなり、飲み込むことも出来なく。
根岸 根岸病院の副院長。父が度々入退院を繰り返す病院。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 大学病院から「むさし訪問クリニック」への“左遷”を命じられた水戸倫子。そこは、在宅で「最期」を迎える患者専門のクリニックだった…。終末期医療のあり方を問う、現役医師による感涙のデビューミステリ。

読後感:

 六篇の短編であるが、テーマは大学病院の外来診療を10年受け持っていた水戸倫子が、小さな”むさし訪問クリニック”に行く羽目になった。一応大河内教授は週一様子を見に来るが、主に終末医療を主題の様々な経験を通して、医師とはなんぞやの疑問を次第に会得する話である。
 展開はミステリー仕立てであり、人が避けて通れない死を扱っているため、重くて堅苦しい内容になりがちだけれど、身近な問題であるためか、深刻な中に、ほっとする様な話題も取り込まれていて、ついついのめり込んで読んでしまった。

[ブレス1・スピリチャル・ペイン]で末期の乳がん癌患者の知守綾子が、倫子の最初の訪問時に放つ「とにかく私は、死ぬために戻ったの」「だから治療の話はやめて。時間の無駄よ」に突き放されてしまう。これからどうやって患者と対話をしていけるのか。この先の不安と自信が崩れる思い。しかしその後で入ってきた男の存在が気になる。
 そして具体的な治療の様子が詳しくいかにも医師の作品らしい。

[ブレス2・イノバン]での筋ジストロフィーの若い患者が、生かされているのではなく、自らの力で生きているという迫力が伝わってきて、元気をもらう。

[ブレス3・エンバーミング]:母親の古賀芙美江(84歳)が老衰で静かに死にたいと思っていることからで胃瘻をしない方向で了解していたのを、それまで親不孝をしていたと長男の純一郎が倫子を攻め、母親に胃瘻を納得させる話。本人の意思が尊重されずに、家族が納得しないことの問題。実際に起こりうることだろうことから、深刻な問題である。
 純一郎の思惑は別にあったとは。

[ブレス4・ケシャンビョウ]:身元不明の高尾花子(仮称)高尾登山電鉄の広場で拾われ、里親により預けられている。言語障害などあり倫子が診察に。そこに隠されていた人身売買の問題が・・・。このケースだけはちょっと異色。

[ブレス5・ロングターム・サバイバー]:膵臓癌で余命3ヶ月の末期癌患者が謎の男の存在で最後の意欲を呼び起こす。意欲を呼び起こさせるものはその人の生きてきた人生の哲学、生き方の根底にあるものかも。

[ブレス6・サイレント・ブレス]:倫子の父親の最期を見届ける母親を、倫子はどのように説得できるのか。ここでも父親が残した公正証書に記載された意志が決め手に。

 全編を通して大河内教授の見識、推理が倫子にヒントとアドバイスを与える様子が頼もしい。また、看護師のコースケの明るく若者らしい言動や行動が救い。そして「むさし訪問クリニック」のスタッフと食事処の「ケイズ・キッチン」のケイちゃん、ケイちゃんと大河内教授のやりとりがまたいい。
 話の展開も軽快で暖かみがあり、堅苦しくないのがまたいい。ほろりとする場面もお薦め。


余談:

 死を扱う場面ではやはりこの人のことが引き合いに出され、再び目にすることに。
 アメリカのドクター エリザベス・キューブラ・ロス。
「死を受容する五段階」を提唱の、精神科医で終末期研究の第一人者。
「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」
 すなわち、人が不治の病に直面したとき、最初は自分が死ぬのは嘘だと否定し、次に何故自分が死ななければならないのかと怒り、さらに死なずにすむための取引を試み、やがて打ちのめされて何もできなくなる段階を経て、最終的に死を受け入れるに到る心のプロセスを言う。
(ブレス1・スピリチャル・ペインより)
背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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