南杏子 『いのちの停車場』



              2020-10-25


(作品は、南杏子著 『いのちの停車場』      幻冬舎による。)
                  
          

  本書 2020年(令和2年)5月刊行。書き下ろし作品。

 南杏子
(みなみ・きょうこ)(本書より)  

 1961年徳島県生まれ。日本女子大学卒。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入し、卒業後、都内の大学病院老年内科などで勤務する。2016年「サイレント・ブレス」でデビュー。他の著書に「ディア・ペイシェント 絆のカルテ」「ステージ・ドクター菜々子が熱くなる瞬間」がある。

主な登場人物:

白石咲和子(さわこ)父親 達郎
母親 康代
(やすよ)

城北医科大学病院救命救急センター副センター長、(医学部の准教授兼務)を38年間勤務後辞職、地元金沢に戻り、まほろば診療所の在宅診療を手助けすることに、62歳。
・父親 加賀大学医学部付属病院の神経内科医だった。まほろば診療所の初代とは医学部の同級生。
・母親 5年前交通事故で死亡、79才。

仙川徹
(せんかわ・とおる)
まほろば診療所の二代目。妻を乳がんで亡くし、足を折って車椅子生活のリハビリ中、64才。在宅専門。妻は40歳で乳がんで亡くす。
星野麻世

大学病院で2年間勤務後、まほろば診療所で看護師6年、29才。
実家は金沢の「三湯(さんとう)旅館」。

玉置亮子(りょうこ) 銀行勤め経験のある、まほろば診療所の事務担当。
野呂聖二 城北医科大学病院救急外来でバイトの医学生。白石咲和子辞職の原因を作ったことから、罪滅ぼしにまほろば診療所に運転手として。
柳瀬尚也(なおや) 不思議な包容力のある、「STATION」というバーのバーテンダー。
[スケッチブックの道標]

並木シズ
夫 徳三郎

咲和子の最初の患者、パーキンソン病による運動機能障害、飲み込む力も低下し、胃瘻。
・夫 「早く死んでくれ、こっちが先にいってしもう」と金がかかることも嫌っているが・・。

[フォワードの挑戦]

江ノ原一誠(いっせい)
妻 静香

金沢を代表するIT企業の社長、40才。ラグビーのプレー中脊髄を損傷四肢麻痺の状態。「最先端の医療をやって欲しい」と。
・妻 元々ラグビー部のマネージャー。

坂上 咲和子にとって城北医科大学先端医学研究室の元同級生。
[ゴミ屋敷のオアシス]
大槻千代

診療拒否に加え近隣トラブルの要因も抱える、78才。
ゴミ屋敷のていをなし、一日の大半を浴室で過ごしている。

小崎尚子(こさき・なおこ)
夫 祐斗

夫と二人「リュウヘイ食堂」を営む、40代半ば。母親の様子を見に行く時間がなかなか都合がつかないで、母親と娘の間でよく言い合いを。
[プラレールの日々]

宮嶋一義(かずよし)
妻 友里恵
息子 大樹
(だいき)

職業は厚生労働省の統括審議官、57才。膵臓癌ステージ4末期進行癌。金沢で在宅医療を希望。
・妻 快活で芯が強そうな雰囲気。
・息子 外資系コンサルティング会社のチーフコンサルタントとして東京で活躍。

[人魚の願い]

若林萌
父親 健太
母親 裕子

北陸小児がんセンターよりの依頼で腎腫瘍で肝転移もあるステージ4末期の状態の患者、6才で在宅医療の依頼。余命は数週間の見込み。
・両親 萌に、頑張ってがんセンターで治療続けて欲しいと願っていて、がんセンターに見放されたと恨んでいる状態。

[父の決心]
白石達郎 咲和子の父、骨折で入院、手術後、ドミノ倒しのように次々と新しい病気に見舞われ、脳梗塞を起こし、脳卒中後疼痛に悩まされ「死にたい」と。
枝野 泉ヶ丘総合病院の、咲和子の父の主治医。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

「お父さん、本当にこれでよかったの? 私、間違ってない?」。積極的安楽死という父の望みを叶えるべきなのか。医師である娘が出した答えは…。現役医師が世に問う、感涙長編。

読後感:

 東京の城北医科大学病院救急救命センターに38年勤めていたところをバイト学生の野呂聖二に点滴をさせたとして訴えられ、責任を取り故郷の金沢に戻ってきた白石咲和子。
 父親の知り合いの仙川徹が二代目を継ぐまほろば診療所に、手助けのため在宅医療に取り組むことに。
 物語は依頼される第一章では、パーキンソン病で運動機能障害も、飲み込む力も低下した並木シズとその夫の老老介護の様子、死を学ぶ授業が施され、最後を迎えた夫婦の思いが描かれている。

 第二章は金沢を体表するIT企業の社長江ノ原一誠が、頸椎損傷で四肢麻痺の状態で、最新の幹細胞治療を求め、咲和子をそのコーディネート役として認め、始動する。
 ただ、江ノ原の決意は「僕が僕でなくなったら、すっぱりと楽に死なせてください」と頼む。

 第三章はゴミ屋敷の住人大槻千代を巡る、認知症も患っている年寄りとその娘夫婦の扱いにまつわる在宅医療への回帰。

 第四章は厚生労働省で「病院から在宅へ」の政府キャンペーンの先頭に立っている宮嶋一義の扱いについて。息子の大樹はもっと大学病院で治療を続けるよう主張、親子の関係は修復されないまま。妻の友里恵の介護疲れも心配し、策を講じる。本人と家族の願うところが異なる場合の咲和子たちにとって悩みの解決策は?

 第五章は未だ6才の患者、若林萌は腎腫瘍で肝転移もあるステージ4末期の状態。余命も数週間の見込み。両親は萌に頑張って治療を続けて欲しいと望む両親の無理解さに愕然。
 萌は先がないことを理解しており、「海が見たい」と野呂先生に頼む。
 やはり幼い命が失われるのは涙なくしては読めない。

 第六章は咲和子の父の容態。父が骨折して入院の話は第三章からその後の様子が描写されている。骨折して入院してから未だ3ヶ月なのに、骨折をきっかけにドミノ倒しのように次々と新しい病気に見舞われ全身衰弱進む。そして脳梗塞を起こし、脳卒中後疼痛の感覚障害に。頭の中だけで激しい痛み、治療方法はなし。耐えがたい痛みに「死にたい」と咲和子に漏らし、「家に帰りたい」と訴える。
 最近話題にもなった、父が安楽死を求めるのに対し、医師としての咲和子は出来ないと拒否するも、娘としての苦しみに対する対応はどうする?

 いずれの症例も終末期を抱える在宅医療という問題に立ち向かうまほろば診療所の医師やそのスタッフ達の行動は、患者の家族を含めての課題の多い現在の大きなテーマである。
 南杏子のデビュー作「サイレント・ブレス」を含め、現在NHKのドラマ10での「ディア・ペイシェント」の原作者としても注目を集める著者の作品として今後も注目したい。


余談1:

 作品中に終末を迎える為の医学上の知識を得る点でも興味深い。
 中でも“死のレクチャー”死のプロセスの説明が興味深かった。
 一般的なケースとして亡くなる一週間から二週間前
 @  だんだん眠っている時間が長くなります。
 A  夢と現実を行き来するようになります。せん妄と言って、うわごとのような言葉を発したり、見えないものが見えているような動作をすることがあります。これらはみんな、死の徴候です。
 B  最後の日になると、呼吸のリズムが乱れます。いわば危篤状態です。そして、いつも使わないアゴの筋肉を動かし、パクパクとさせてあえぐような呼吸になります。これを下顎呼吸と言います。
 亡くなる八時間くらい前から生じ、死の前兆にあたる呼吸です。脳の酸素不足から起きる状態で、一見、ハアハアと苦しそうに見えますが、患者さん自身は苦痛を感じていません。

 さらにせん妄について、
 妄は、心が迷うこと。せんは、うわ言のことです。場合によっては@神経質になったり、A錯乱状態に陥ったり、B幻覚を伴うようなケースもあります。逆に、C寡黙になってしまって、心の内にこもる患者さんもいます。
 せん妄は意識障害の一種で、興奮の方向に出る場合と、反応性が低下して活動が減少する場合との両方があります。予測は出来ません。
 Bの幻覚については、既に亡くなった人の姿を見る体験をすることが良くあります。ご両親やご兄弟、あるいは古い友人や知人。死んだペットのことを言い出すケースもありますね。
「お迎え現象」と呼ばれる死の間際の精神症状です。


余談2:

 8月23日のTBSラジオ 吉永小百合の「今晩は吉永小百合です」で、9月より「いのちの停車場」の映画の撮影が始まるという。2021年公開、吉永小百合が咲和子役で、初めてのドクターの役という。

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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