水上 勉著
            『その橋まで』






              2012-09-25



   (作品は、新編水上勉全集第1巻 『その橋まで』 中央公論社 による。)

                  
 

初出 1970年(昭和45年)10月から1972年10月「週刊新潮」。
     1974年11月新潮社刊。
本書 1996年(平成8年)2月刊行。

主な登場人物:

名本登
父 浩平

岐阜の刑務所で17年間服役、仮出所認められて太地の木工所で働くことに。39歳。少年の頃に女の子を死なせたこと、17年前の群上八幡での殺人の前歴がある。
父親の浩平は母方の富山の実家に3歳の登を置いて出ていき行方不明。

笹本愚堂
娘 法子

名本登の保護司。禅宗臨済派岐阜市金華山下瑞福寺住職。
法子:バツイチで戻ってきている。

鰺村輝三 岐阜保護観察所の監察官、40を出たところ。一人で200人からの人を扱う。
太地喜三郎 名本登の身元引受人。岐阜市内の鍵屋町で木工所経営。刑務所の木工部へ仕事を入れている。
真柄きよ子
(まがら)
福井の中華飯店で働く36歳。名本の隠尾(カクレオ)の学友。命の恩人と、5年前より刑務所にいる名本に手紙を出し続け、仮出所後岐阜に会いに来る。しかし連れ込み宿“清光園”で過ごし、別れた後、一人で泊り、歌を残して縊死しているのが発見される。(8月10日)。

上島作太郎
妻 もと枝

垂井(たるい)で一品物の細工師、62歳。太地の元を出た名本登を雇う。
もと枝は妙に色気のある若い後妻。作太郎の長男は若い後妻と意見が合わず、結婚して別に住む。

遠見仙太郎

東海観光興業で“清光園”など現金の集金業務をしている。
盲目の祖母の面倒を見ている孝行息子?

木島うた子

大垣市養老町の山での若い女の縊死体発見される。(1月11日)
大垣インターの近くのモーテル“夢路”のマッチを持っている。

石出誠

岐阜県警刑事課巡査部長。真柄きよ子の縊死事件の捜査担当。
自殺判断をするも、福井県警からの問い合わせに・・・。

松山貞三 福井県警の刑事、警部補。真柄きよ子に関し雇い主の中華飯店羅東伯の自殺するはずがないとの迫力に、岐阜県警に再調査を執拗に依頼する。
高梨岩太郎

富山県警の刑事、警部補。幼少の頃の名本登の罪状を知る。
名本にとっては蛇のような男。

読後感: 

 新編水上勉全集の第一巻に当たる本作品、さすがというか長編ではあるが読み応えのある内容に、ちっとも気にならずにのめり込んでしまった。終身刑の刑期の内17年間を勤め上げ、模範囚として仮釈放となり、残りの刑期を社会で勤め上げようと出てくる。

 保護観察所の鰺村、保護司の愚堂、身元引受人の太地と名本にとって物わかりの言い優しい人間に囲まれての出発は、名本なる人間がどういう人間か判らない状態で平穏にいきそうではあったが、幼なじみで名本に対して心から慕っている真柄きよ子との逢瀬のあと急転直下、一夜明けてのきよ子の縊死事件に、刑事物にもにた謎が次々と展開される。
 
 名本の生い立ち、岐阜県警と福井県警の見方の相違、警察と観察所の思惑、人を見る眼の危うさといった深いところにあるものが揺らいでいく面が描写の至る所から出てくる。
 
 名本の幼い頃、真相はよく分からないが9歳の時、女の子を溺れさせて死なせてしまったり、子供の頃のあれた生活、破天荒ぶり、さらには少年院を抜け出しての郡上八幡での殺人事件など恐ろしい人間としての素質が、果たして17年間の刑務所生活で変わったのか・・・。行く先々で本来遵守べきルールが破られていくことに、保護司の愚堂や観察所の鰺村の評価が揺らいでいくのか。
 
 名本自身はルールを反している事項については反省し、正しく生きようとするも必ずしも思うように運ばない事情は愚堂和尚は理解して、信じようとするのであるが・・・。果たして真相はどういうことなのか、興味に引きづり込まれていく。
 どこかに「飢餓海峡」の雰囲気が甦ってきてぞくぞくしてしまう。

   
余談:
 
 著者の後書きを読んで納得。この作品はさきに「飢餓海峡」を「週刊朝日」に連載して好評を得ていた。そのあとの作品である。主題は、人を殺したのち、犯人がどのように生きてゆくか、そこの所を見つめてみたかったと。
 世の中では再犯を起こして刑務所に戻ってくる割合が高いのは色んな要素があって、真面目に生きてゆけることの難しさがあるようだ。

 ドラマなんかで罪を償って帰ってくるのを待ってるというせりふをよく言わせているが、そんな甘い物ではないだろう。
 はたしてこの作品の名本登は社会に出て真面目に生きていけるのか、それとも元々の性格が現れてきて悪の道に染まっていくのか?そんな興味も抱かせながら、730ページにも及ぶ長編小説に釘付けになった。


背景画は金華山からの眺め。昔左上の丘辺りに岐阜刑務所があったらしい。

                               

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