水上 勉著
          『父と子』






              2012-10-25



   (作品は、新編水上勉全集第8巻 『父と子』 中央公論社 による。)

                  
 

初出 1980年1月から1980年10月「朝日新聞」朝刊。
     1980年11月(上)、81年1月(下)朝日新聞社刊。
本書 1996年(平成8年)4月刊行。

主な登場人物:

工藤竹一
先妻 糸子
後妻 由枝
先妻の子
 高志
後妻の子 
 美代子
父親 工藤貫一(没)
母親 みつ
(没)

竹一:長男、兄弟姉妹5人の中で誰よりも本が好き。父親の家業(オンボー)がいやで弟の桐二に任せ、20歳の時に東京に家出。故郷は阿慈町(青森と岩手の県境、海沿いの仮想の町)。
糸子:15年前、高志が2つの時に別れる。派手好みで虚栄心強く、オンボーのことを知り嫌う。
高志:高校2年生、担任を殺傷したことで退学処分に。
由枝:高志が先生を刺したこと継母への当てつけと。
美代子:高志とは仲良し。

姉 百合
 子供 鉄夫
 娘  和子

竹一の4つ年上。美人で次々と結婚、子供達を阿慈に預け一人で盛岡で暮らしている。今は安養寺の住持(老僧)を拠り所としている。

妹 藤子
夫 石山佐吉
 息子 松男

母親の優しい所を貰っている。亭主は一関で役所勤め。
一番幸せに暮らしている?
松男:高校1年生。

弟 桐二
嫁 なつ子
 娘 文子
 男 3人

竹一の3つ年下。阿慈町に残り父の後を継いでいる。
すぐ隣りに蓮昌寺の謙堂和尚が居る。
竹一は、高志に父の故郷を見せ、この後どうするかを考えさせるために阿慈町に連れてくる。

弟 梅三
 息子 3人
 利行 高3

会津若松で、市内で一人になってしまった焼印を作っている。

<補足> オンボー:火葬場で働く人のことを地元ではそう呼んで一段低い人間だという眼でみられた。

読後感: 

 息子の高志が担任の教師に刃物で傷つけたことで、警察沙汰にしない代わりにと退学処分を受ける。父親の竹一は息子の気持ちをおもんばかり、どういう理由でこんなことになってしまったか悩むと共に、自分自身も仕事(会社が倒産して、パネルトラックを使用した児童向けの良書のみを販売する事業を始めた)がうまくゆかないことに悩んでもいた。

 家庭内もうまくいっていないこともあり、妻に黙って息子を連れてパネルトラックで自分の故郷を見せるため、兄弟姉妹を訪ねながら故郷に向かう。
 道中でのヒッチハイク(?)の娘や、芸者の母親と息子を同乗させての出会いとやりとり、そして兄弟姉妹との昔話や暮らしの様子を体感することで、次第に息子との気持ちの疎通が行われ、お互いの理解が計られてゆく。

 人生の幸福とはどんな所にあるのか、子供の教育の課題、人間の差別の問題そんなことが綴られていく中で、作家水上勉の人間性があふれ出ているような作品である。
 著者の後書きを読んで火葬場を舞台にした小説を意図していたと知る。

 そして新聞の連載小説と言うことで、これといった事件を扱うわけでもなく、作者の主題を込めたことが読者に伝わらないのが苦心してきたことと吐露している。
 なるほど単行本で静に読み進んでいると色んなことが思われてくるが、連載だとそう言うこともあろうかと。続ける側の理解も大変だったんだろう。そんなことも知ってなおさら味わえた作品である。


印象に残る場面:
  
 見栄も、世間体も、虚栄もない、明朗で、激しくて思うことをずけずけこぼす姉(百合)の言葉:
(息子の鉄夫は中三からタバコ見つかって、高三で茶畑の娘っこをはらませた。そん時は死にてぇと思った。和子だって、高二で学生恋愛した。なにせ、おっかあのおらが極道者だて・・打つ杭もきかねだわと笑いながら)

「おらのしたことは、おらが得心でしてたんだ。誰に遠慮せずに。自分に正直に。おら子供らにかくしてなかった。そっだら生き方を、鉄夫も、和子も、うとましかったとはいうが、わるいとは思ってねえっていうよ。タケイツ。親は本音を丸出しにしてねと、子供が大きぐなってからきっと噛みつかれるだ。おら、それがわかってるだけだ。」
   
余談:
 読んでいるなか、大津の中学校での、いじめによる中学生の自殺事件が大きな話題になっている。そんなことを見透かすように、この作品では高校2年生の息子高志が担任の先生を傷つけてしまう。

父親はどうやって息子の思いを理解し得たか、息子のその時の思いはどんなものであったのか、学校側はどんなふうに扱ったのか、家庭内での母親(姉の勝枝を含めて)はどんな風に振る舞ったのか。なかなか興味深い問題であった。
 工藤家の家庭も複雑な人間関係だったし、それに対して息子に寄り添い、自分の兄弟姉妹との交わりや現在の生活ぶり、そしてなにより、もっとも父親の血に流れている根本の生き様、生きた土地の故郷、なりわいを見せ、感じさせることで高志に今後のことを自分で決心させる方法で心の変化をもたらした。


背景画は作品中に出てくるパネルトラックをイメージして。

                               

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