松家仁之著 『火山のふもとで』

                  
2022-12-25

(作品は、松家仁之著 『火山のふもとで』       新潮社による。)

         

 初出 「新潮」2012年7月号
 本書  2012年(平成24年)9月刊行。

 松家仁之(まついえ・まさし)本書による)

 1958年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。編集者を経て、2012年6月、長編小説「山のふもとで」を「新潮」に発表。デビュー作とは思えないスケールと完成度、奥深い世界観が各紙文芸時評等で大きな話題に。

 主な登場人物:

[村井設計事務所]の人々

東京の北青山に構える総勢13名の設計事務所。
10年ぶりに、「国立現代図書館」の指名コンペへの参加を決め、「夏の家」で作業をすることに。

坂西徹<ぼく>

大学卒業後1982年入社1年目。村井先生に憧れて、手紙と小住宅のプラン添えて送り、面談してもらえて仮採用を経て。
下戸。

村井俊輔(としすけ) 東洋の伝統的な様式を背景に、同時にモダニズムの色合いを帯びた清新な作品。7月の終わりから9月半ばまで、浅間山の麓北浅間青栗村の「夏の家」に留守居役残し移り住み、仕事をする習わし。
井口博 事務長。
河原崎さん

チーフ格。50代。黒縁眼鏡、アルコールに弱い。
“平面図より断面図の人”立体的な構造を考える。

小林さん ベテラン。50代。細面で色白。ロシア人の血を引き、無口で酒に強い。動線の出来不出来にこだわり、平面図へのこだわりが人一倍強い。河原崎さんと小林さんの考え方は対照的。
内田さん

僕の教育係。30代半ば。読書家。料理に情熱、たける。
「この夏がこの事務所にとってあきらかな分水嶺になる」と。
井口さんとはそりが合わないらしい。

中尾雪子 ぼくの3年先輩。
笹井さん 新人だった頃の中尾雪子さんの教育係。30代後半。
吉永さん 経理担当。
村井麻里子

村井先生の姪。「夏の家」にアルバイトに来ている。
吉永さんの代わりに経理事務や雑事全般を担う。
父親は先生の弟。本郷の和菓子屋を営む。
母親は自宅で茶道を教える。

船山圭一

先生と同じ美校の3年後輩。船山の作風は先生とは真反対。世間の耳目を引く奇抜で大がかりな作風で人気を博する。
今回の国立現代図書館のコンペに参加する。

野宮春枝

青栗村創設からのメンバーで、 村井の設計の山荘住まい、 90代半ば。

藤沢衣子

広大な面積を持つ藤沢農園の主、一人暮らし、70歳超え。
先生の恋人。内田が屋敷のメンテを担当している。

 物語の概要:(図書館の紹介記事より。)
 
 「国立現代図書館」設計コンペの闘いと、若き建築家のひそやかな恋を、浅間山のふもとの山荘と幾層もの時間がつつみこむ。各紙文芸時評で話題沸騰。胸の奥底を静かに深く震わせる、鮮烈なデビュー長篇。
 
 読後感:
 
 ひとり静かに読書に浸っているとき、至福を感じるような作品だ。
 細部まで描かれる描写に、実際にその場の光景を目にしているようで、平易な言葉で、緻密に、しっかりと描かれていて、作家とはこのように言葉を紡ぐことが出来ないといけないものかと感心するばかり。

 内容は建築事務所に関するもので、 村井設計事務所は総勢13名の小さな事務所。
 先生(村井俊輔)の作風は、東洋の伝統的な様式を背景に、同時にモダニズムの色合いを帯びた清新な作品。
 主人公の坂西徹は、美大の4年生の時、手紙と小住宅のプランを添えて送り、面談するチャンスを得て、仮採用される。
 時に“国立現代図書館”の指名コンペに参加することになった村井設計事務所では、恒例の浅間山の麓にある青栗村の“夏の家”の別荘に九名で作業に当たることに。その中には先生の姪に当たる村井麻里子がいた。
 先生とは真反対の作風で世間から人気のある船山圭一もこのコンペに参加すると言うことで村井設計事務所は絶対負けられない雰囲気にある。
 
 物語は、設計にまつわる諸々の話題の他に、ぼく(坂西徹)にまつわる麻里子との恋愛も絡んでくる。
 ベテラン組に対し、若手組の内田、雪子、ぼくの分担では、雪子との雰囲気もいい感じで進み、麻里子との関係がどうなるか。
 一方で、先生の恋人と思われる広大な農園に一人暮らしする藤沢衣子の元には、メンテナンスに内田と先生が定期的に通っている。
 設計コンペに関わる作業での、ぼくへの先生の鋭い指摘、僕の教育係としての内田の関わり方、笹井さんのぼくへの「誰にでもいい顔してはだめ」と雪子とのことを見ている痛い指摘。 そんな人間関係も濃密に描かれている。

 コンペの時期が迫った後半、先生がラストの追い込みと僕を伴い、二人で「夏の家」を訪れ、過ごす様子に、何かを匂わせる雰囲気が漂っていて、果たしてどのような結末になっていくのか。


余談:

 著者の本作品を読んだ後、2021年刊行の「泡」を読んだ。
 高校二年生で不登校となっている薫が、夏休みの二ヶ月間、大叔父の兼定がいる、東京から700キロ西の太平洋沿岸、温泉と海しかない砂里浜
(さりはま)でジャズ喫茶「オーブフ」を営む所で過ごすことに。そこで経験する大人たち(特にふらっと来て拾われた岡田重和との交流)を通じて自分を見つめ直し、一日一日を生きていくための何かを掴みはじめる物語である。
「火山のふもとで」との全く違う印象の作品で、著者の経歴を見てなんとなく分かるような。

 

                    

                          

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