久坂部羊著 『神の手』 (上)(下)



              2019-08-25

(作品は、久坂部羊著 『神の手』(上)(下)    NHK出版による。)
                  
        

 初出 2008年9月より2010年3月まで北日本新聞、東奥日報他各紙に順次連載された作品に加筆修正。
  本書 2010年(平成22年)5月刊行。

 久坂部羊
(本書より) 
 
 作家・医師。1955年大阪府堺市生まれ。81年大阪大学医学部卒業。外務省外務医務官として、サウジアラビア、オーストラリアなどの日本大使館に勤務。その後、老人デイケア、在宅医療などの老人医療に従事。2003年「廃用身」(幻冬舎)で作家デビュー。現役医師作家が老人医療を迫真のリアリティで描いた問題作として、社会に衝撃を与える。第二作の長編「破裂」(幻冬舎)では医療過誤と医療の国家統制を劇的なミステリーとして描き上げベストセラーになる。その他に、「無痛」(幻冬舎)「まず石を投げよ」(朝日新聞出版)などがある。

主な登場人物:

白川泰生 <主人公>
(しらかわたいせい)
妻 雅美
息子 瑠威

市立京洛病院の外科部長。消化器外科医。古林章太郎のがん治療で安楽死を選択。警察では殺人の罪に問われるも、検察側で不起訴扱いになったことから一躍脚光を浴びることに。しかし安楽死を巡り医療行政を政治的に利用しようとする動きに嫌気。
・妻 雅美 弁護士の娘。京都の名門リヨン女学院卒。夫の収入の低さを不満。白川と本村雪恵の不倫写真に激怒、離婚話に発展。

安楽死法推進派
新見偵一

彼が立ち上げた「日本全医療協会」(JAMA)の代表。本業心臓外科医。カリスマ性の持ち主 医療庁設立の動きに、その上位位置にある医療者権利院の議長となり、医療改革を目論む。
謎の“センセイ”の存在、指示に逆らえない?

山名啓介 JAMAの執行理事。白川の大学時代の同級生で同じ医局。消化器外科医。白川の行動に理解を示しつつ、新見の異常性に疑念を持ち、距離を置く姿勢も。
柴木香織 JAMAの副代表。新見の大学の後輩で新見の右腕。麻酔科医。
佐渡原一勝 自共党の元総裁。政界の長老。最後の仕事として医療に注力。
業田義政 自共党の元幹事長。佐渡原派の重鎮。
安楽死法反対派
古林康代(ふるばやし) 息子を白川に安楽死させられたエッセイスト48歳。テレビのコメンテイターとして活躍するタレント文化人。社会保障全般に詳しい論客として注目されている。安楽死法成立防止にあの手この手で。
大塚彰彦 「安楽死法制化阻止連合」(阻止連)の代表理事。世田谷医療センター集中治療部長。安楽死の否定を目論む“24時間オンエア!”番組での手術結果の状況に・・。
青柳公介 自称「市民派」ジャーナリスト。東和テレビの報道バラエティ「フロンティア」のコメンテイター。
東(ひがし)吾郎 平政新聞社会部遊軍記者。今医療と福祉関連の記事を主に任され、密かに業田義政のJAMAがらみのヤミ献金問題を追っている。
西田節子 半年ほど前に市立京洛病院に転勤してきた看護師。古林章太郎の死後処置を担当。白川医師に不満を持っている。
その他
古林章太郎 21歳で安楽死(主治医 白川)を遂げた肛門がん患者。
古林晶子 古林康代の姉。康代に代わって章太郎を育てる。
平野秀夫 京都府警刑事部捜査一課の課長補佐、警部。医療ミスや薬物殺人など医療系の特殊犯罪が専門の調査官。白川の安楽死事件を捜査。
本村雪恵 嵯峨記念病院の看護師。白川の愛人。
浅井英志郎 無所属の参議院議員。阻止連の顔に担がれるも仕組まれたものだった。
播戸(はと)恭一 全日医師会の元首席常任理事。脳外科医。野心家、うぬぼれ強い。
全日医師会解散後にJAMAに参画し、新見を追い落とそうと。
金子律 全日医師会の元常任理事。消化器外科。播戸の懐刀、曲者。
後にJAMAに参画するも播戸を毛嫌いしている。
村尾士郎 神武レジェンド製薬のMR(医薬情報提供者)。専務取締役兼研究開発部長。安楽死薬ケルビムを売り込む。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

(上)
 安楽死は慈悲か殺人か。それを行う医者は「神の手」を預託されたのも同然。安楽死法の制定をめぐって、医師や患者、官僚らが闘いを繰り広げる…。医療の世界の光と闇を抉り出す、迫真の医療ミステリー。
(下)
 安楽死法は成立するのか。万策尽きて苦悩する医師や遺族、医療を政治の道具にしようと目論む政治家らが繰り広げる物語を通して、崩壊の危機にある現代医療を展望し、日本に安楽死は必要なのかを鋭く問いかける。
     

読後感:

 主人公の白川泰生が担当した21歳の古林章太郎の肛門がん手術後の放射線治療で、章太郎の痛みに苦しむ姿に母親の康代に代わって面倒を見ている姉の晶子は、見ていられず、狂い出しそうな様子に白川は鎮静剤のケタラールの点滴を全開にして安楽死させてしまう。
 病院に怪文書が届き、警察の調べに白川は殺人の罪に問われるも、検察の立場は不起訴扱いとなる。そのことを起源に白川は一躍マスコミを初め世間の脚光を浴びることになる。

 作品は安楽死を認める法制化の動きとそれを阻止しようとする勢力が政治家を巻き込みながら複雑な展開をしていく。
 それとは別に、真摯な立場で医師として患者の苦しみに立ち向かってきた白川には、章太郎の母親の康代から激しいバッシングが。母親はテレビで活躍していることから影響力は大きい。白川の弱みを探り出し、安楽死の法制化阻止側と推進派が白川を取り込む誘いがせめぎ合いが激しくなる。

 安楽死を巡っては患者の苦悩、現場の医師の苦悩を考え真摯な答えを求めるも、医療行政を政治的に利用しようと考える勢力争いがあり、白川医師や新聞記者の東吾郎は是々非々と考える人の違和感や脅威を感じながらも、次々と関係者の自殺や行方不明者が出て、物語は複雑な展開を遂げていく。医療ミステリーとしても、とても面白い。

 安楽死という患者側としてはあって欲しいところだが、法律となると意図に反した面、例えば医者側からしたら手間が省けるとか、医療費の無駄遣いをなくせるとかの面もなきにしもあらず。
 あって欲しいがいい面だけでもないのは事実だろう。なかなか言い出しにくい問題だが、取り上げてもらいたい問題でもある。
 

余談:

 6月25日(火)朝日新聞朝刊に“蘇生中止容認広がる”として52消防本部の25%が条件つきで蘇生中止を認めていることが朝日新聞の調査でわかったと。
 中止については国のルールはなく、救命が使命と考える隊員は、時に葛藤するという。
 本人が蘇生を望まず、事前に主治医と意思を確認していても、家族らが119番通報することがあるという。
 一方、消防庁の基準は生命に危険があれば応急処置を行うと規定し、消防法は蘇生中止を想定していないという。
  蘇生中止を選べる状況なら、おのずと傷病者の意思を尊重する選択をするのではないかの意見も。

背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
戻る