黒井千次著 『夢時計』







                
2008-07-25


(作品は、黒井千次著 『夢時計』(上)、(下) 講談社による。)

                
 

 1997年(平成9年)11月初版

 黒井千次:
 1932年5月生まれ、東京出身。富士重工に入社、退社して執筆活動に。
 芥川賞選考委員


主な登場人物:
 
北沢美夕
(みゆう)

東京のデパートでスカーフ売り場に勤める店員。西条実道からのプロホーヘズに対し、心を決めかねている。実道のマキとの関係を知ったり、北沢晃作との気持ちの揺れがさらに迷わせる。父や母とはこじれた関係で居づらい。
一方、友達の友枝へに対するアドバイスはスパットとして冴えわたる。

中谷晃作
妻 園子
子供
 姉 みどり
 弟 重樹

晃作は家電関係のメーカーの部長。
結婚して30年、妻園子が洩らしたつぶやき「私は何をしてきたんだろう」、「あなたは私の言いたいことがわからない」と言う。
そんな中、晃作は妻へのプレゼントにスカーフを選び、そこで好意を抱いた北沢美夕との交際に光を見出すように。
美大に通うみどり、この春第二志望の大学に入学した重樹。
ただ居るだけの家庭に嵐が起きることに。

西条実道

広告エージェンシーに勤務。
美夕との7年間の交際あり、美夕にプロポーズするもはっきりした返事を待たされている。アシスタントに小森マキという可愛い子がいて実道に好意を抱いている。

友枝

美夕と同じデパートのハンカチ売り場の店員。結婚をしているが、髭の男(名瀬)と隠れてつき合っているが、家庭は捨てる積もりなし。美夕に名瀬との別れ話を相談。
栗田
(時にクニエダ)
中谷園子の友達美佐子の知り合い、美佐子を通じて中谷園子を誘い出すこと多くなる。


読後感

 展開する物語は、家庭の中の色々な問題、結婚を前にしての踏ん切り、父親の病気と死によって変化が起き、今までと違った展開が生じたり、気持ちの変化が出て来るといった、こういうことが自分にも十分起こりうることで、自分ならどういう風に解決し、対処するかを、色々考えさせらるなかなか面白い作品であった。
 また、こんなケースを相談されたときにどんな風にアドバイスできるか、そんな解決策としても応用できそうな気もする。人生経験の例題としての活用が期待される。

 著者の黒井千次という作家のエッセイ「老いの時間の密度」を読んでその中の言葉「高齢者の考え方は、総じて時代遅れではあろう。けれども一方に古いものが確固として存在しなければ、新しいものは逞しくは育つまい。老いの歳月は目の詰まった密度の高い時間であるはずだ」というフレーズが気にいって、作品を読んでみたかった。

 自分(晃作)が美夕との秘密の交際を楽しんでいるのに対し、妻(園子)に男から自宅に電話が掛かってきてうろたえ、疑念を抱く姿は、いかにもあり得ること。

 同じことが、実道が小森マキに対して、美夕からプロポーズに対する返事を得られず、ムシャクシャしているときに、夜自宅に資料を届けに来た小森マキとふっと出来心で過ちをおかしてしまう、さらに美夕を失ってしまうのではとの不安、小森マキが去っていってしまうことへの心残り、そんな心理も理解できてしまうなかなかの内容である。
 小説の題が夢時計で、各章の表題が時計に関連する表現で貫かれているのも面白い。
 

印象に残る場面

 ◇夫婦生活30年、園子のつぶやき、晃作の意図:

 「私は何をして来たんだろうって考えていると、ふっと本当の私がどこにもいないような気がしてしまうだけ」「きっと、私ひとりが考えればいいことで、あなたには関係のないことなんだわ」
晃作が誕生日にプレゼントをしようと思いついたのは、妻を喜ばせるためというより、むしろ彼女の抱える正体の掴みにくい何かに、上からふわりと覆いかぶせて見えなくしたいと願ったからだった。園子が重い扉を開けないとも限らない、との甘い期待もあった。


 ◇園子、娘のみどりにスカーフをプレゼントするために柄を選ぶに際し:

 「親は親なりに自分の考えを子供に押しつけていけばいい。無駄は出るかもしれないが、子供の側でその中から自分にあったものを選び取っていくだろう。」


 ◇美夕が実道にいった言葉:

 「結婚だって、約束をコインロッカーにしまって、二人がそれぞれの鍵を持っているみたいなものかもしれないわ」

   


余談:
 読者は小説の中の登場人物のどの人物にもなりうる。 しかも色んな状態を体験しうる。 まるで役者になるごとく。 これからも色んな体験をし、思考を愉しみたい。

                               

                         背景画はエポスの懐中時計(カタログ)を利用。

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