小暮夕紀子 『タイガー理髪店心中』



              2021-05-25


(作品は、小暮夕紀子著 『タイガー理髪店心中』    朝日新聞出版による。)
                  
          
 初出 
タイガー理髪店心中「小説トリッパー」2018年春季号
    残暑のゆくえ「小説トリッパー」2019年秋季号

 本書 2020年(令和2年)1月刊行。

 小暮夕紀子
(こぐれ・ゆきこ)(本書より)
 
 1960年岡山県生まれ。岡山大学法学部卒業。2018年「タイガー理髪店心中」で第四回林芙美子文学賞を受賞しデビュー。目下の家族は夫一人と猫九匹。 

主な登場人物:

タイガー理髪店心中

村田寅雄
妻 寧子
(やすこ)
息子 辰雄(没)

二丁目で父親がやっていたタイガー理髪店を継ぐ、84歳。
話し出したら止まらなくなる人好きな性分。頑固一徹、小さな事が気になる性格。
・妻の寧子 最近物忘れが激しい。真っ正直な性分。
よく働き、鏡を磨き上げ、魚料理が得意。
・辰雄 小学校に上がったばかりの頃、雑木の森にハルゼミを取りに行き、山頂にあった穴に落ち亡くなった、6歳。

長谷川信也(のぶや)
<ノブヤン>

タイガー理髪店の数少なくなった貴重な常連さん。一丁目で写真館をやっている。
サムイチ 長い間寅雄の心にトゲのように突き刺さっていて、もうとうに膿んでしまっている相手。
結衣子ちゃん お隣の女子高生。6〜7年前、小学生の頃寅雄が町の歴史を教える。
残暑のゆくえ
山田日出代

日の出食堂のおばちゃん、喜寿(77歳)に近づく。
母親とは1年くらいの記憶しかない。母は日出代のことを殺したいほど嫌いだったのかと答えの得られないまま。
日出代も子供が出来ないことで離縁されている経験の持ち主。

夫 須賀夫さん

二階建てのアパート(山田ハイツ)兼自宅の一画を改装、日の出食堂を始める。口数は年を取ってさらに減ったが、表情は常に柔和。
白寿(99歳)が近づく。先妻に離縁され日出代と結婚。

おとめ婆さん

母の故郷川渕(かわぶち)でワラぶきの家に一人暮らし。
母と日出代が満州から引き揚げてきて小学校に上がる前の1年足らず、遊び相手になってくれた近所の老女。
母は日出代が会うのを嫌っていた。

草ヶ部くん 山田ハイツに入居してきた大学生。安さと、猫のマメタを飼うためで、昼間は須賀夫さんに面倒を見てもらっている。

鶴田禄郎
<ロクさん>

商店街で蝋燭屋を営む。満州から復員して以来、「人殺しのロクさん」と陰で噂される。

物語の概要:(図書館の紹介記事より。)

 第4回林芙美子文学賞受賞作。穏やかだった妻の目に殺意が兆し、夫はつかの間、妻の死を思う。のどかな田舎町で変転する老夫婦の過去と行く末。老いた妻の発作的な豹変に戸惑う夫の緊張感をユーモアと共に描く。

読後感:

[タイガー理髪店心中]
 84歳の理髪店の店主寅雄、年のせいもあり、膝に痛みを持ち、奥さんの寧子よりも物忘れが酷いかもと思いながら、来る客の少なくなった理髪店で、店の前に置いた椅子に座り、暮れなずむまちの風景や、行き交う人をながめる時間が寅雄には何より好きだった。

 奥さんの寧子さんは綺麗好きでレザー張りの散髪台を毎日丁寧に乾拭きすることと、実家が漁師であったためか、寅雄さんの好きな魚料理のごっちゃ汁を上手に作る。
 そんな夫婦の日常には、昔の出来事、特に息子の辰雄が6歳で亡くなったことが重く影響しているようだ。
 寧子さんに変化が現れて、寅雄がおののく様な出来事が起こる。
 これは寅雄にとって夢なのか。なんとも言えぬ老いた夫婦の様子が、自分の先のことのような不思議な感覚を呼び起こされた。

[残暑のゆくえ]
 今は日出代にとっての生きがいは、日の出食堂での客とのやりとり。夫の須賀夫さんも満州帰り、いい人でこれまで声を荒げたことは一度もない。けれど心から笑ったことはないのではないか。須賀夫さんは先の奥さんから精神異常者呼ばわりされ追い出されたという。
 そんな夫婦の毎日の様子が描写される中、日出代が思い出すのは母親(イサ子)のこと。

 母親は感情の起伏の激しい性格だが、いつも怒られていて、いい子であろうとして、母の言いつけで故郷の十一月の治郎兵衛さま祭りに山のてっぺんの祠に登り、好きな木の枝に丈夫なヒモをかけ、輪っかにして首に巻いて滑るよう指示され、実行する。
 結果として助かるが、母は自分が嫌いだったのかとずっと悩んでいる。

 その解が判りそうになったのは、朝刊連載の「ザ・証言」の一文だった。
 作品中で一番ホロッとするシーンで、おとめ婆さんの「母ちゃんのことは許してやれよ。きっと辛いことがあったのじゃ」の言葉が思い出された。
 この後どんな展開を示してくれるのか。

 ラスト近くに驚くべき展開があり、須賀夫さんの夜中の妄想、日出代が知りたかった母の苦悩、妹のチイちゃんのこと、須賀夫さんへの日出代の思いやり、全てを知って日出代が川渕へと向かわせたもろもろの情感が伝わってきてなんだか涙が出てきた。


余談:

 二つの作品に通じるが、老いた夫婦とはこういう情感が湧いてくるものかと、今までに経験したことのない感情が湧いてきて、しみじみと読んだ。
背景画は、自然いっぱいの素材集がErrorとなって消失してしまったので、背景素材無料のものからに。

           
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