印象に残る表現:
何と言っても言葉の表現が練られていて思わず噴き出したり、ニヤッとしたりで楽しい。
◇最後の場面: 落ち目の主人たちが家を売り、格下の橋の向こうに引っ越すことになるが、梨花だけは元の家で新しい主人に仕えることになる下り。
引っ越しは済んだ。案の定、新しい住まいは壁も畳みもより薄かった。それを取り繕って住めるようにしたのは、梨花一人の気働きと労働である。一人で切りまわした引越しだった。惜しみなく尽くしたといういささかの満足はあっても、所詮それはこの時きりのものである。この美しい主人を長くみとりたい気持ちは、これだけで終わらせられるものではない。別れにくかった。それでも、しにくい別れを胸にしめて格子をたてる。この真夜なかは何時なのか。惹かれてはいけないと云った佐伯の釘が利いているばかりに、こうして帰る道である。新しい出発は決して楽しいだけのものではない。旧い人の凋落をうしろにのこしていく心。・・・・
つづいて脈絡のないことを思った。ここへ来たとき主人は、梨花という名を面倒がって春という名をくれたが、ということだった。
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