木内昇著 『櫛挽道守』 


 

                2015-04-25



(作品は、木内昇著 『櫛挽道守』     集英社による。)

          

初出 集英社WEB文芸レンザブロー 2009年7月17日〜2013年7月12日。
 本書 
2013年(平成25年)12月刊行。
    本作品は2014年、第9回中央公論文芸賞、第27回柴田錬三郎賞、第8回親鸞賞を受賞。

 
 木内昇:(本書より)

 1967年生まれ。東京都出身。出版社勤務を経て、2004年「新撰組 幕末の青嵐」で小説家デビュー。2009年、第二回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞。2011年、「漂砂のうたう」で第144回直木賞を受賞。著書に「新撰組裏表録 地虫鳴く」「茗荷谷の猫」「浮世女房洒落日記」「笑い3年、泣き3月」「ある男」など。

 主な登場人物:

登瀬
(16歳)
妹 喜和
弟 直助
父 吾助
母 松枝

登瀬の家は中山道の宿場町藪原宿下町(やぶはらじゅく したまち)で代々櫛を挽いて生計を立てている。出来たものを三次屋に納めている。また材料や、道具も三次屋を通しておこなっている。
・登瀬 地黒で肉が薄く妹の喜和と似たところが乏しい。
父の櫛挽きの技を会得しようと板ノ間で父の技に見入っている。
・父の吾助の技は藪原ではとつに有名な無骨者。
・跡継ぎと期待されていた直助(登瀬の3つ年下)は去年の夏心臓麻痺で亡くなる。才もありあらゆることに詳しい。
・妹の喜和は瓜実顔で表情豊か、柔らかな身体つきで色は抜けるように白い。
・母親の松枝はおなごは飯炊きと櫛磨きが仕事と常々言う。

実幸
(さねゆき)
(19歳)

奈良井宿で脇本陣を営む名家の四男。江戸に蒔絵櫛を学びに行くとその前に吾助の所に通ってくる。天性の才を持つ。
伝右衛門 中の町にある問屋三次屋の主人。吾助の櫛を扱ったり、櫛の材料を仕入れたり。登瀬の縁談を壊され以降仕打ち。
源次

上町の旅籠蔦木屋の茂平のもとで働く、崎町の出。
直助の草紙を客引きから金勘定までを担当、“狡がしこそうな子”の評判。“どっかで世をひがんでいる”と茂平。

豊彦 宮ノ越の旅籠の次男。肩組祭りで喜和と出会い夫婦約束。朴訥とした若者。

物語の概要:(図書館の紹介記事より)

 
幕末の木曽、薮原宿。才に溢れる父の背中を追いかけ、ひとりの少女が櫛挽職人を目指す。周囲の無理解や時代の荒波に翻弄されながらも、ひたむきに、まっすぐに生きる姿を描き出す、感動の長編時代小説。

読後感 

“お六櫛”というものをネットで調べてなるほどと。そして命とも言うべき歯挽き鋸も。このことを知って読むと実感が増し、より登瀬たちの心情が理解できた。
 とはいえ、それらの出来事が嘉永6年の黒船の来航、露西亜船の長崎来航、江戸の騒ぎ、伊井大老にまつわる通商条約締結や大獄、桜田門の変、さらには和宮様御降嫁の話と中山道での通過、源次の手引き投獄騒ぎなどの経過と共に、登瀬の家の移ろいが展開。

 幕末の時代の変移を木曽路の遠く離れたところで実幸の実家からの情報で世の中のことを知り、また和宮降嫁の実態を目の当たりに経験、さらに身近な源次の行為に登瀬の心は衝撃を受けるさま、そして夫実幸の理解に苦しむような行為、妹喜和との遠く離れていた思いが義父の死での見舞いで初めて意思の疎通が出来たこと。さらには亡くなった弟の直助がいかに思って生きていたのかを源次を通して知ることとなったことも家族の絆を思い知るところである。

 また、妹の喜和が宮ノ越の旅籠の次男豊彦と夫婦になると家を出て行くときに放った言葉も胸に浸みる。そして赤子が二人生まれても親元に顔を見せることもなく過ごしてきた様。しかしその実は宮ノ越での二人の生活の様は忍びがたいほどの世間では判らない厳しい状態であったことを登瀬が訪れて初めて知る。でも立派に母親になっていることを言葉にする登瀬はやっと姉妹の情を通じ合えたのであろう。

 時が流れ歳を取っていく父の姿、そして婿に迎えた実幸の才を認めざるを得ない父の姿に登瀬はどのような決断を下すのだろうか。実幸の思いは決して登瀬の家を見下しているわけではなく、尽くされているだけに果たしてその真意はいかにと最後までミステリアスである。

  
余談:

 幕末の中山道という舞台配置と来ると島崎藤村の「夜明け前」が忘れられない。本作品の中にも後半で和宮様の降嫁ニュースで宿場町が大騒動になるくだりが出てくる。本作品では登瀬の家は庄屋ではなく木口を閉ざして通り過ぎるのをそっと見ているだけの存在ではあるが、江戸や京からは遠く離れた地で世の中の動きを伝え聞きながらの時の流れが「夜明け前」の雰囲気を彷彿とさせていてすっかり魅了されて読み進んでいた。

背景画は、本作品に出てくるお六櫛は天下一の櫛と言われた。お六櫛とはつげの木より堅い”ミネバリ”と言う木を遣い、職人の手挽きで製作される目の細かい木曽櫛をいう。(ネットより)

                    

                          

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