物語の概要:
「空飛ぶ馬」は円紫シリーズの第1弾、「夜の蝉」はその第2弾にあたる。短編が集まったものであるが、主たる登場人物は同じで話はつながったものとなっている。
主な登場人物: 「空飛ぶ馬」、「夜の蝉」共通
私 |
三人同じ文学部の大学生。他人様には几帳面に見える私、実はずぼらな性格。父が国文出で本好きのせいで私も本好きの女の子。 |
庄司江美 |
三人同じ大学、同じ文学部の学生。<人形劇>のサークルにいる。おっとりとしているようで、ここぞというところは外さない蔵王の近くに在住の女の子。 |
高岡正子
(しょうこ) |
三人同じ大学、同じ文学部の学生。<創作吟>サークルにいる。男っぽい顔立ちの女の子。 |
春風亭円紫師匠 |
同じ大学の卒業生が縁で大学の雑誌に”卒業生と語る”に教員と学生があたるため、加茂先生と私が聞き手になり知り合う。 |
加茂先生 |
近世文学概論の先生。いかにも好人物らしい目の持ち主。私の父より上の六十代であろう。 |
読後感:
「空飛ぶ馬」:
それぞれの題目についてのはなしは日常的なことの中に、謎が差し込まれていてそれが解明されるのがごく自然的というか、教養の一部にもなる話で、心地よく感じられるのは作者の人徳か?
「夜の蝉」:
主人公の私が父親の本好きの影響を受け(?)大学の文学部の学生になり本好きで話の中に色んな本のことが出てくるのも楽しみ(この中に出てくる名前のせめて三分の一ぐらい自分が読んでいたらと思うと情けないやら、これからまだまだ楽しみがあると希望を持つやら)、また女子大生三人トリオの会話も粋でユーモアもあり、ほのぼのとした感じも素敵。 さらに謎を解く噺家の円紫さんのおしつけがましいところがなく、それでいて相手を思う気持ちが伝わってくる、なかなかいいコンビのさまも好感。
私のありようも素敵だが、高岡正子もファンになりそう。 また大学の家茂先生(「空飛ぶ馬」に近世文学概論の先生として登場)の人柄も乙で作品全体に流れる情感に大層いやされる。
そんな中で展開される内容は、謎がごく日常的な事柄なだけに読んでいて楽しいし至福の時を持つことが出来るのはなかなかの著者と見た。 この作家もなかなか得難い人に感ずる。
また「夜の蝉」で五つ違いの姉と私の確執というか<嫉妬>の話はこういう心理状態の描写にひかれてしまう。 姉妹のきょうだいというのも怖いような所があるんだなあと。
印象に残る場面:
「夜の蝉」で姉がわたしに小さい頃の話をするところ:
「あんた、わたしに父さん取られたと思ってるけど、それは全然違うよ」
私は息を呑んだ。
「取る取られる、っていったらわたし(補:姉のこと)なんか、あんた(補:私のこと)が生まれた時、世界をまるまる取られたと思ったわよ。そうじゃない、って気がつくのに五年かかった。それまで、父さんにも随分ぶたれたわ」
信じられなかった。父が姉に手を上げているところなど想像も出来ない。私の頭の中にある父は、いつもいつも、やさしく包むように姉を見ていた。私に似ているその目で姉を見ていた。
「いくらやられても、私(補:姉のこと)は反抗し続けたの。そしてある日、ぶたれてる時に自分でも分からないおかしな気持ちになったわ。・・・・ それで後から後から笑いがこみ上げてきてね。止まらないの。ケラケラ、ケラケラって。その日から父さん出来る限り私を見つめるようになったの。でもそれはね、わたしの方が百可愛くて、あんたが五十だからじゃないのよ。二人を比べたら、わたしの方が不安定だからなの」
姉の視線は宙に浮いた。
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