北村薫著  『ひとがた流し』


 

                   2010-03-25



(作品は、北村薫著 『ひとがた流し』 朝日新聞社による。)

           
  
「朝日新聞」2005年8月から2006年3月に連載。2006年7月刊行。

北村薫:
 1949年12月、埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業、89年「空飛ぶ少年」でデビュー。
 91年「夜の蝉」で第44回日本推理作家協会賞を受賞。

 主な登場人物:

石川千波
(トムさん)

テレビ局のアナウサー。40歳をすぎ亭主も子供もいない独り暮らし。牧子の近所、埼玉の田舎高速道路の入り口付近に住む。 ギンジロウという猫を飼っている。 牧子と行った人間ドックに関連して意外なことが・・・。

水沢牧子
一人娘 さき

作家。千波とは小学校からの知り合い、中学高校と毎日一緒に歩いていた仲。 離婚後一人娘のさきとペット持ち込み禁止のマンションで二人暮らし。 さきちゃんは受験真っ最中の高校3年生。

日高美々
夫 類
娘 玲

写真家の夫類と再婚、娘の玲は前夫との子供、まだ玲には明かしていない。 玲は大学生でカメラに凝っている。
千波と牧子とは仲の良い友人。 家族で付き合っている。
隣町に住んでいる。

鴨足屋良秋
(いちょうや)

石川千波の後輩。 研修時代先輩としての千波を尊敬、10年以上北海道の局にいて、東京に呼び戻される。
千波を見る行為にストーカーと見間違えられ騒動となる。



物語の概要:

 高校からの幼なじみの千波、牧子、美々。千波が不治の病を宣告され、3人はそれぞれの思いや願い、記憶の断片を思い起こしていく…。北村薫の心をゆさぶる最新長編小説。

読後感 

 千波、牧子、美々三人とさき、玲、類そして鴨足屋そして猫のギンジローが話題の中心となり、幼い頃の思いで、親子のこと、離婚のこと、病気のこと、結婚のこと、死をむかえる切なさといった人生で巡り会う様々なようすを実に自然な語り口でくどくどとならず、さらっとしかも時にユーモアもまじえ描写され、日常の中であり得る自然さを含み心に残る作品である。

 作品の中でも記述されているが、女性の親友といえる仲がずっと続くことは非常にまれである。

 小学6年生のさきをかかえた牧子が急性肝炎で緊急入院した時、トムさんに入院の際に色々頼めたのは「トムさんに旦那がいたら頼めなかった。 この人にはここまでいえる、この人のことはここまで聞けるという線があるじゃない。その辺は暗黙の了解・・・かな。二人とも独身だってことが、そういう時に大きいのね」と娘のさきに語る言葉に象徴されている。 そのときに千波がさきを預かり、(さきのために)猫を飼うことにしたと告げる胸の内にも打たれる。

 そんな箇所があちこちに表現されており、時々に遭遇した時の心の拠り所になることだろう。


印象に残る場面:

◇玲が他人から父親の類が本当の父でないことを知らされて悩む時に千波が言う言葉:

 「人が生きていく時、力になるのは何かっていうと、―――《自分が生きてることを、切実に願う誰かが、いるかどうか》だと思うんだ。―――人間は風船みたいで、誰かのそういう願いが、やっと自分を地上に繋ぎ止めてくれる。―――でも、そんな切実な願いって、この世では希なことだと思ってきた。―――母親は、―――わたしの母親はね、そう願ってくれたと思うんだ。愛してくれたんだよ、わたしのこと。でも、その母親が倒れて介護をしてて、どうにもつらくなった時、わたしはね、《逝ってくれたら》と思ったことがある。―――それだからね、―――《わたしがこの世に生きていることを、誰も切実に願ってはくれない》と思ってきた。《それが当然だ》とね」・・・



◇ 美々が牧子に(牧子が千波に何もしてあげられなかったと悩むことに対し)話す:

 「鴨足屋(いちょうや)さんの件はさ、あたしの所に球が飛んできたんだ。あれはね、あたしが取らなくちゃあいけない球だった。だから、走り出して塀によじ登って、思いっきり腕を伸ばした。それだけのことさ。でね、付き合いが長いから、あたしにはよく分かる。―――トムさんの投げる球を受けるキャッチャーは、牧子なんだ。これはもう神様が決めたんだろうね。そういう人間は、何も特別なことをしなくったっていいんだ。ただ、この世にいてあげればいい。それが、球を受けるってことなんだ。あたしは、その役は出来ない」


  

余談:

 写真家の類がいて、娘の玲もカメラに興味を持ち曲がった道路標識の写真を取りまくり友達に見せた時に嫌な顔をされる。 類がそのことを玲に解説するところで日頃どうやったら好い写真が撮れるのだろうと思っていて非常に興味をそそられた。

 曲がった標識を揃えればそこに作者の意図がある。 見る人は写真そのものを通して、その狙いを読むことになる。そして、類が大きな賞を取った<北へ>の製作秘話のはなし。


背景画は、2007年NHKテレビの同名の土曜ドラマ宣伝画を利用。

                    

                          

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