北原亜以子著 『慶次郎縁側日記』
                                 シリーズ

 



                      
2008-04-25
                                                              2008-05-25



(作品は、北原亜以子著『慶次郎縁側日記』シリーズ 新潮社による。)

 
 
 
  

『慶次郎縁側日記』シリーズに下記のものがある。
 第一弾 傷、第二弾 再会、第三弾 おひで、第四弾 峠、第五弾 蜩(ヒグラシ)、第六弾 隅田川、第七弾 やさしい男、第八弾 赤まんま、第九弾 夢のなか 2006年 ホタル、2007年 月明かり(欠) 


北原亜以子
 東京生まれ、石油会社、写真スタジオに勤務後、コピーライターとして広告制作会社に入社。その間創作活動を開始。泉鏡花賞、直木賞、女流文学賞などの作品がある。


登場人物像:

 登場人物の人物像は、出て来る話の中なかで詳しく記されていて、全体を通して浮かび上がってくるようになっている。

森口慶次郎 元南町定町廻り同心であったが、47歳で晃之助に譲り隠居、酒屋問屋山口屋の寮番として根岸に給金付きで住む。人情家で仏の慶次郎と言われる不器用な男。
森口晃之助 森口家に養子で入り、三千代の夫となる予定であったが、三千代の不幸に慶次郎を何とか慰めようと皐月を娶ってる。森口家を継ぐ南町定町廻り同心で、八丁堀の屋敷に住む。水際だった粋な感じの美男。
皐月 森口晃之助の妻。八千代を生む。夫を支える立場で、物語の中での人物像の記述は少ない。
三千代 今は亡き森口慶次郎の娘。十八歳の時、晃之助と祝言を挙げる前に、男に襲われたのを苦に自害。慶次郎は犯人を殺してやると追跡するが・・・。
佐七 根岸の寮の飯炊きとして森口慶次郎の面倒を見る年寄り。身寄りもなく、慶次郎がただ一人の身内と思うくらいだが、へそまがり。慶次郎との軽妙なやり取りが愉しい。
辰吉 南町奉行で当初は慶次郎、その後同心島中賢吾の岡っ引き。慶次郎に助けられてからは慶次郎に心酔。慶次郎が如来様なら、辰吉は菩薩様とある母子から言われる。
おぶん 父親は三千代を犯した本人。そんな父親を憎んでいるが、森口慶次郎に父親が殺されそうになるところを、慶次郎の足にかじりついて・・・。その後、辰吉と結ばれる。
吉次 北の定町廻り同心の手先、蝮の渾名がつく。あまりたちのよくない男で、十手をちらつかせては商家を強請る不精者。慶次郎に見つかってからは慶次郎には頭が上がらない。ただ事件にかかわった者が町方に見つけられぬうちに手を打ってやると考えている。すねたところがあるが、優しい心根の男。
お登世 上野の山近くにある料理屋花ごろもの女主人。嫁ぎ先の唐物問屋(鎌倉屋)を亭主の死後飛び出したかたちで店を始める。森口慶次郎を相談役と頼りにしている。


読後感:
 

 NHK総合テレビの時代劇で何シリーズかが放映され、登場人物像が出来上がってしまっていて、小説を読んでいてもそのイメージが重複してしまうほどである。特に慶次郎と佐七のやりとりは秀逸。慶次郎と晃之助の親子ぶりでは、小説の方が晃之助の頼りになる様で皮肉も効いていて出場の回数も多い。

 とはいえ、小説の文調は、客観的に離れた位置から見下ろし、少し醒めた風にさらりと記述されている。そして絡みつくような粘っこさをおさえ、ござっぱりとしていて爽やかである。

 語られるところの多いのは人間の弱さ、悪いことをして反省するところに限って、慶次郎や晃之助が諭したり、反省をさせるきっかけを見せて心変わりをさせたり、そっとかばってやる。その後始末にほろりとさせられる。読んだ後に爽やかな風が薫るようだ。江戸の人情、情緒も溢れていて癖になりそう。

 藤沢周平作の「清左衛門残日録」といい、この「慶次郎縁側日記」といい、どうも隠居後の生活が話題の中心になっている作品では、定年後の自分の境遇と重ね合わせられ、人の情を感じさせるものに感動することが多くなった。静にじっくりと一人で味わっているとほろりとさせられてしまうことである。

印象に残る表現:

 江戸の人情をほろりと感じさせる語りの部分が多数ある。その中の一つ、二つを。

第一弾 傷   春の出来事 
 おせんと大工の卯之吉のお互いを思って間違いを起こしてしまったことに森口晃之助のさばきは:

「他人の家に押し入った卯之吉は大番屋へ送る。当たり前だ。盗みをはたらかせるもととなったお前さんは、淋しくってもしばらくは一人で暮らさなきゃならない。これも当たり前だ。」おせんの声がしなくなった。うなだれて、晃之助の説教を聞いているのかもしれなかった。
「盗みを働こうとした者と働かせるもととなった者は、ちっとばかりそういう思いをしなけりゃならないんだよ」
 なるほど―――と、慶次郎は思った。助勢を願うどころか、慶次郎でさえできなかったかもしれない裁き方だった。
 あれもこれも、春の出来事だな。
 好いた女には、惚れぬいた男がいた。若いと思っていた養子は、慶次郎の手助けなどいらぬほど成長していた。
「隠居した後の行きどころってのは、―――難しいものだ」

第三弾 おひで   佐七の恋

 惚れた男には女ができて振られ、女に包丁で傷つけられ、その騒ぎを利用して男を呼び出して傷つけ自分も死のうと。。。。 慶次郎と佐七の寮で養生、口とは別に我がまま放題に振る舞うが・・・。
 佐七が生まれてはじめて人の頬を叩く。おひでは家を飛び出す。
 いやな予感がした。おひでが妙な刺され方をして寝かされている。
一番大事にしてもらいたいというおひでの気持ちを、誰よりもわかってやれるのが、佐七ではなかったのか。慶次郎とのどかな暮らしをしているとはいえ、慶次郎には養子夫婦がいて、まもなく養子夫婦に子供も生まれる筈だ。・・・

 お父上が一番好きと言っていた娘に恋しい人ができれば、父親は二番目の存在になり、嫁いで子供が生まれれば、三番目の存在になる。みんな、二番目、三番目の存在になって死んでゆくのだと言って、佐七のひがみを怒るかにちがいなかった。
「でも、旦那には、三千代という娘さんに、一番好きと言われている時代があった」
それが、佐七にはない。そして、おひでにもなかったのである。

  

余談:
 その後「月明かり」を入手し、初の長編物ということで楽しみであった。ちょっとがっかり、どうも期待しすぎたか。
感動いまいち、あいかわらず女性の名前が同じような名前で混乱して関係が掴みづらくて・・・。
 背景画は、以前NHKで放映された「慶次郎縁側日記」のアニメ画を利用。