桐野夏生著 『OUT』、『 IN 』 





                
2010-07-25




(作品は、桐野夏生著 『OUT』 (講談社)、 『 IN 』 (集英社)による。)

           
 

  『OUT』
 
1997年7月刊行

  『 IN 』
 初出 「小説すばる」(2006年11月号から2008年5月号)に掲載された原稿を元に加筆・修正を加えたもの。
  2009年5月刊行

桐野夏生(なつお)
 1951年金沢生まれ 成蹊大学法学部卒
 1993年「顔に降りかかる雨」で第39回江戸川乱歩賞

◇ 主な登場人物
「OUT」

香取雅子
夫 良樹
息子 伸樹

43歳、22年務めたT信金にリストラされ、今は夜勤の弁当工場にパート。 仕事ぶりは適切で頼りにされる人間。
弥生が夫を殺して助けを求めてきた時承諾してしまう。
息子は高校を退学させられ、その後口をきかなくなる。
夫は建設会社勤務だが、営業には向かず、俗世間を嫌って部屋に閉じこもりたがる。

山本弥生
夫 山本健司

4人の中で一番若く、美貌の持ち主、5歳と3歳の男の子あり。 夫は手に入れられそうにない他人のものを欲しくなる男。 3ヶ月前より給料を家に入れていない。 佐竹のクラブのホステスに入り浸る。

吾妻ヨシエ
長女 和恵
次女 美紀
姑 

50代半ば過ぎ、夫は5年前死亡。都立高校に通う娘と脳梗塞で倒れた姑を介護中。ぎりぎりの生活。
長女は21歳、高校中退して18歳の時駆け落ち同然年上の男と出ていったきり。

城ノ内邦子
夫 哲也

内縁の夫はようやく病院廻りのプロパーの職に就くも夫婦喧嘩の腹いせで家中の金を持って家出。 邦子はクレジットカードローン返済にきゅうきゅうとしている。 外見は派手。
佐竹光義 26歳の時口入れ屋の女をリンチで殺し刑務所入り。 何故か7年で出所し、新宿歌舞伎町で上海クラブ「美香」とバカラの店「パルコ」を経営する。 あの事件の容疑者としてマークされたため、過去を知られることになり閉店に。
宮森カズオ ブラジル系の日本人。 夜勤の弁当工場に務める。 雅子を襲ったことからマサコに思いを持つように。
今井 新宿署の若い刑事。本庁の衣笠刑事がバカラの店長をホシとマークして追求するのに対し、地道に追いかけていく。

「IN」

鈴木裕美子
(筆名 鈴木タマキ)

女流作家。「淫」という小説で恋愛における抹殺をテーマに、「無垢人」の〇子が誰であるかを特定し、彼女がどんな生涯を送ったかを取材している。青司とは7年間の作家と編集者としての結びつき以上の関係をも精算して・・・・
阿部青司 毀誉褒貶の甚だしい、文藝で最も注目される編集者の一人。タマキが最初であった時、さんざん書き直しをさされ、結局原稿をボツにされてしまう。

緑川未来男
妻 千代子
子供達
多佳子、三千代、陽平

文豪、「無垢人」の著者。
「無垢人」は緑川自身の実名私小説とされ、貧乏新人作家と妻、愛人“〇子”との愛憎劇を描写した作品で有名となる。
妻千代子は緑川が没後、児童作家として活動。

茂斗子
母親 佐奈子

取材相手の〇子?のひとり。大文豪緑川未来男(32歳)が当時10歳の茂斗子を可愛がり、緑川が北海道に移住するまで6年続いたという、緑川は少女しか愛せなかったという(?)「先生があたしの生涯たった一人の男の人です」と。

三浦弓美 取材相手の〇子?のひとり。作家で子供時代高知にいて幸福な少女時代が窺われる。「ゆくりなくも」で近代文学新人賞を取る。村上禎子に師事していた。

江波静子
母親 村上禎子
(さだこ)

三浦弓美と姉妹のように仲良し。弓美についてタマキの取材に語る。母親は選考委員であったが、三浦弓美はおさなかったと、むしろ弓美を嫌っていた。母親は共産党員で、党の人たちの上に君臨していた。

薦田喬一
(こもだきょういち)

15歳年下の三浦弓美の夫。

物語の概要

『OUT』
 雅子、43歳、主婦。弁当工場の夜勤パート。彼女は、なぜパート仲間が殺した夫の死体をバラバラにして捨てたのか?自由への出口か、破滅への扉か?四人の女たちが突っ走る荒涼たる魂の遍路。魂を揺さぶる書下ろし犯罪小説。

『 IN 』

 彼は、小説に命を懸ける、と何度も言った。小説は悪魔ですか。それとも、作家が悪魔ですか。恋愛の「抹殺」を書く小説家の荒涼たる魂の遍路。『OUT』より12年目の衝撃、桐野夏生の最高傑作。

読後感:

  『OUT』

 バラバラ死体殺人の描写、冷血なヤクザ上がりの佐竹光義のなぶり殺しの描写は想像するだけで眉をひそめるものである。それなのにどうしてこのようなことをしでかしたか、そしてその後の四人の女の生き様、境遇の描写から、そんなたいそれたことをせざるを得なかったことと納得してしまうような出来映えである。

 新宿署刑事の地道な捜査から次第にばらされていく過程で、四人の女の家庭の状況、人格、生きざまが作品に厚みを感じさせ、刑事物としての読み物としても面白い。
  一方で女をなぶり殺したことからその後の自分が変質してしまい、さらにバラバラ死体事件によって周囲に自分の過去がばれてしまい、商売もだめになり、真犯人捜しに取り組むようになる。刑事の追求の他に、恐ろしげな男の追求が果たしてどのような結末になるか・・・。

 雅子の自由になりたいという不確かなもの、佐竹の眼に宿る沼のようなものそんなことも読者を引き込んで物語は展開していく。読み終わった後救われるものがあるのか・・・。

 
  『 IN 』

 作品中に「無垢人」の小説が載せられているが、これを読んでいるとふと夏目漱石の作品群(「こころ」や「明暗」など)を読んでいるような気持ちにさせられた。 そして元の作品に戻ると明らかに雰囲気が違っている、小説の中の小説というのも面白いものだ。 書く方の感覚は果たしてどんなものなのか知りたいもの。

 今まで読んだ桐野夏生の作品とこの作品はぜんぜん異なる感じで、いよいよこういう心境に達したのかと、丁度高村薫の作品で「晴子情歌」「新・リア王」「太陽を曳く馬」の三部作にあたるように思えた。

 作品を読んでいる内に、「無垢人」の〇子探しで緑川家未来男と妻の千代子の夫婦関係、未来男と〇子の関係にのめり込んでいく中で、ふとタマキと青司の関係は未来男と千代子の関係と同じなのではという感覚になってきた。
 
 恋愛の抹殺をという言葉、涯てをみてたいという欲求に物語の後半で86歳で存命の千代子夫人にインタビューをして明らかにされる「無垢人」の真実、7年間の、作家と編集者そして恋愛関係にあった後別れざるをえなくなり、変貌してしまった青司が蜘蛛膜下出血でこの世から消えようとしていくなかで、青司の幻を体感するタマキの苦悩、文句なしに興味深く読んだ。


余談1:

 「OUT」と「IN」、表題は対をなす意味合いを感じるが、内容は全然異なっている。「OUT」はそれなりの感じを理解できるが、「IN」の方はかなり内面に切り込んで行くようで、年月を経て描いた年輪のようなものを感じた。
余談2:

 作品中に作家と編集者との関係を示すやりとりがあるが、宮本輝の「螢川」(直木賞作品)の時の何度も編集者から突き返された話を思い出す。特に新人の作家時代では、編集者の方が上でみじめな思いをするんだろうなあと。

 佐藤愛子のエッセイか何かで物書きになりたいなら、毎日のことを文章にきちんと表現する練習をしなさいとか、遠藤周作のエッセイの中でも作家といえどもそう色んな経験をしているわけではなく、過去の経験を何度も何度も反芻して物語を書き上げていく様なことを言っていたことも思い出した。

                  背景画は、表紙を利用。

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