印象に残る描写:
◇夏休みの最初の日にコジマに誘われて出かけた車中でのやりとり:
「机も花瓶も、傷はついても、傷つかないんだよ、たぶん」とコジマはつぶやくように言った。・・・
「でも人間は、見た目に傷がつかなくても、とても傷つくと思う、たぶん」とコジマはさっきにくらべてももっと小さくなった声で言い、それきり黙ってしまった。・・・・
「・・・わたしたちがこのままさ、誰になにをされても誰にもなにも言わなくで、このままずっと話さないで生きていくことができたら、いつかは、ほんとうの物に、なれますかね」(とコジマ)・・・
「本当の物にはなれなくても、いまだってじゅうぶん物みたいなもの」
そういうとコジマは髪のなかに右手を入れてゆっくりとかきまわし、じっと黙っていた。
◇月に一度の職員会議の日、みんなが帰って二ノ宮たち6人に体育館につれていかれて人間サッカーゲームでぼこぼこにされたあと、忍んできたコジマの発する言葉:
「わたしたちは、君の言うとおり、・・・弱いのかもしれない。でも弱いからってそれは悪いことじゃないもの。わたしたちは弱いかもしれないけれど、でもその弱さはとても意味のある弱さだもの。弱いかもしれないけれど、わたしたちはちゃんと知っているもの。なにが大切でなにがだめなことなのか。わたしたちの二の舞になるのがいやだってことだけで見て見ないふりをしたり、あいつらの機嫌とったり笑ったりしてるクラスのみんなだって、自分の手だけは汚れていないって思いこんでるかもしれないけれど、彼女たちはなんにもわかってないのよ。彼女たちはわたしたちを痛めつけてるあいつらとまったくおなじなのよ。あのクラスのなかで、あいつらに本当の意味でかかわっていないのは、君とわたしだけなんだよ。
・・・・
これまでだってずっと、蹴られても、なにをされてもそれを受け入れてる、そんな君を見てて、色々なことのかたいむすびめが解けたような、そんな気がしたの。・・・君のその方法だけが、いまの状況のなかでゆいいつの正しい方法だと思うの」
・・・
「泣いてるんだけど、これは悲しいってだけじゃないの」
・・・
「これはね、正しさの証拠なの。悲しいんじゃないの」
・・・
「君の目のことを、気持ち悪いとかそういうふうに言ってるけど、そんなの嘘よ。こわくてこわくてしかたがないのよ。それは見ためがこわいとかそういうことじゃなくて、自分たちに理解できないものがあることがこわいのよ。あいつらは一人じゃなにもできないただのにせものの集まりだから、自分たちと違う種類のものがあるとそれがこわくて、それで叩きつぶそうとするのよ。・・・・・
でもわたしたちはただ従ってるだけじゃないの。ここにはちゃんと意志があるんだもの。―――受け入れてるの。・・・・」
「あの子たちにも、いつかわかるときが来る」
・・・・
「わたしは君の目がすき」とコジマは言った。
「まえにも言ったけど、大事なしるしだもの。その目は、君そのものなんだよ」
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