川上未映子著 
                『ヘヴン』
                          
 


              
2011-01-25


 (作品は、川上未映子著 『ヘヴン』 講談社 による。)

                   

 

 初出 「群像」2009年8月号
 本書 2009年9月刊行


 川上未映子:

 1976年8月大阪府生まれ。2007年デビュー小説「わたくし率 イン 歯―、または世界」で芥川賞候補に。同年第一回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞受賞。2008年「乳と卵」で第138回芥川賞受賞。2009年、詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」で第14回中原中也賞受賞。、


 

主な登場人物:

僕(渾名 ロンパリ) 中学生、二ノ宮と同じ小学校出身。二ノ宮とその取り巻きたちにい苛めを受けている、その原因が斜視にある。気持ち悪すぎる、いるだけで不愉快と。
コジマ 女生徒たちに汚いと苛められている。実は汚らしくしている理由がある。僕に“私たちは仲間”と手紙をよこし、お互い手紙のやりとりをし、会って話をしたりするが・・・・。
二ノ宮 いじめの主。勉強も出来、顔もよく女生徒と立ちに人気がある。
百瀬 僕と中学で一緒になった生徒、中1の時も同じクラス。二宮と同じくらい勉強出来、塾も二ノ宮と同じ。ただクラスメートと一緒になって騒ぐことはなく、二ノ宮たちと離れていじめに加わっている。

物語の概要:図書館の紹介文より
  
 
「苛められ暴力を受け、なぜ僕はそれに従うことしかできないのか」。頬を濡らすあてのない涙。少年の痛みを抱えた目に映る「世界」に救いはあるのか…。苛めを真正面から描き、生の意味を問う感動長篇小説。

読後感:

 いじめを主題に据え少年と同じように虐められ、貧しく弱々しい女子生徒コジマとの手紙のやりとりに望みを託し、時に会うことで成長していく二人。
 コジマのヘヴンを見に誘われ、そこで見せるコジマの不安と涙に成長した少年の思いが見事に描かれていて、引き込まれてしまう。

 傷つけられても痛みを感じないですむ物のことを考える姿に涙がとまらない。どうしてもっと真剣に激しく相手に向かっていかないのか、本気度を示さなくては絶対に駄目だと思う。
 とはいえ読み進んでいくと実は作者の言いたいこと(?)は違った視点のようであった。
 コジマの言葉によるといじめを受け入れている自分たちのやり方は正しいのだ、強いのだと言っている。
 この後どのように展開していくかさらに読み進めたい。

 そして意外な展開を示す後半。
 一方で僕の虐められる原因とおぼしき斜視に関して、母親との会話になごみを感じ、コジマと言う女の子とは違う向かい方に暖かさを見た。最後の出来事のあと、コジマがどういうことになったのかなにやら暗示的なものを残して終わっていく。

印象に残る描写:

◇夏休みの最初の日にコジマに誘われて出かけた車中でのやりとり:

「机も花瓶も、傷はついても、傷つかないんだよ、たぶん」とコジマはつぶやくように言った。・・・
「でも人間は、見た目に傷がつかなくても、とても傷つくと思う、たぶん」とコジマはさっきにくらべてももっと小さくなった声で言い、それきり黙ってしまった。・・・・
「・・・わたしたちがこのままさ、誰になにをされても誰にもなにも言わなくで、このままずっと話さないで生きていくことができたら、いつかは、ほんとうの物に、なれますかね」(とコジマ)・・・
「本当の物にはなれなくても、いまだってじゅうぶん物みたいなもの」
 そういうとコジマは髪のなかに右手を入れてゆっくりとかきまわし、じっと黙っていた。

◇月に一度の職員会議の日、みんなが帰って二ノ宮たち6人に体育館につれていかれて人間サッカーゲームでぼこぼこにされたあと、忍んできたコジマの発する言葉:

「わたしたちは、君の言うとおり、・・・弱いのかもしれない。でも弱いからってそれは悪いことじゃないもの。わたしたちは弱いかもしれないけれど、でもその弱さはとても意味のある弱さだもの。弱いかもしれないけれど、わたしたちはちゃんと知っているもの。なにが大切でなにがだめなことなのか。わたしたちの二の舞になるのがいやだってことだけで見て見ないふりをしたり、あいつらの機嫌とったり笑ったりしてるクラスのみんなだって、自分の手だけは汚れていないって思いこんでるかもしれないけれど、彼女たちはなんにもわかってないのよ。彼女たちはわたしたちを痛めつけてるあいつらとまったくおなじなのよ。あのクラスのなかで、あいつらに本当の意味でかかわっていないのは、君とわたしだけなんだよ。

・・・・
これまでだってずっと、蹴られても、なにをされてもそれを受け入れてる、そんな君を見てて、色々なことのかたいむすびめが解けたような、そんな気がしたの。・・・君のその方法だけが、いまの状況のなかでゆいいつの正しい方法だと思うの」

・・・
「泣いてるんだけど、これは悲しいってだけじゃないの」
・・・
「これはね、正しさの証拠なの。悲しいんじゃないの」
・・・
「君の目のことを、気持ち悪いとかそういうふうに言ってるけど、そんなの嘘よ。こわくてこわくてしかたがないのよ。それは見ためがこわいとかそういうことじゃなくて、自分たちに理解できないものがあることがこわいのよ。あいつらは一人じゃなにもできないただのにせものの集まりだから、自分たちと違う種類のものがあるとそれがこわくて、それで叩きつぶそうとするのよ。・・・・・
 でもわたしたちはただ従ってるだけじゃないの。ここにはちゃんと意志があるんだもの。―――受け入れてるの。・・・・」
「あの子たちにも、いつかわかるときが来る」
・・・・
「わたしは君の目がすき」とコジマは言った。
「まえにも言ったけど、大事なしるしだもの。その目は、君そのものなんだよ」


  

余談:
 
 この作者の作品は初めて読んだが、内面描写のすばらしさに好感を持てた。 また新しい人に出会えたと感じる。
 この作品に出てくるコジマという少女(というより一般に女性といった方がいいかも)の心の強さに感服。 こんな心の広い痛みを理解するしてくれる友達がいればいじめにも我慢出来るのかも知れない。


 
  背景画は、作品中にも出てくる学校の体育館での事件をイメージして。