川端康成著  『山の音』
                     


2004-05-20

 (作品は、ほるぷ出版による)
  

 まず、信吾の年齢、息子修一、娘房子がいる条件等、自分の状態とかなり身近ということもあり、この作品に興味が持たれた。

 作品には、日常生活における些細な出来事や、その顛末。夫婦の会話にみられる¨なごみ¨とか、自分の家庭内との違い。 息子のお嫁さんに対する父親としての態度。 自分の娘と他人である嫁に対する扱い方の違い、気持ちの持ち方の違い。

 そういうことが作品を読んでいると、なっとくしたり、意にそぐわなかったり、表現のしたかに感心したりと楽しい。 また、そういうものが、先の漱石の作品とかなり感じが異なる点を発見することも読書の楽しみの一つかと思える。
 
 

主な登場人物とその相関関係、およびバックグランド

・尾形信吾 62才 東京で会社勤め、鎌倉に住み、会社へは横須賀線で通う。
・妻保子(ヤスコ)63才
 信吾は、少年の頃保子の姉を好いていたが、姉は早くなくなった。保子も姉夫婦を理想の國の人に思っており、姉が亡くなった後、義兄に献身的に尽くしたが、義兄は保子の本心を見ぬふりをして盛んに遊んだ。そのような事情を知り、信吾は保子と結婚した。

 しかし、息子修一の嫁の菊子が来てから、菊子を見て時々好いていた姉を思い出すような妄想に耽ることがある。
 妻の保子は、おっとりした風があり、信吾とのやり取りに、いかにも長年夫婦をしているという絶妙の感じを滲ませる。

・息子夫婦(結婚して2年にならない)
 夫修一 父信吾と同じ会社に勤める。戦地の経験者。絹子という愛人がいる。
 妻菊子 八人兄姉の末っ子。 修一との間に子供は居ない。 修一の父母と同居している。

 修一に女が居ることを知り、妊娠するが、父母に内緒で降ろしてしまう。 修一に言わせると、「(修一に女のあるうちは、子供が出来るのもくやしいという)菊子には菊子の潔癖があるらしい」という。 菊子は実の娘の房子よりも、父の信吾にかわいがられており、菊子もこうして生きていかれるのも父の信吾がいるからという。

・相原房子(信吾の娘)と二人の子供(4才の里子と生後間もない國子)。
 相原は麻薬の常用者で、夫婦関係がうまくいかず、大晦日の夜、子供を連れて信吾・保子の家に出て来た。 その後相原は心中を図る前に、離婚届を送ってきていた。

心に残る一言:

◇ 房子が相原の家を、子供を連れて田舎の実家に出た時の、信吾の言葉
「そういつまでも、親が子供の夫婦生活に、責任が持てるものかね。」

◇ 保子が年寄り夫婦の、養子夫婦と孫に当てた遺書の新聞記事を、信吾に聞かせたときの、信吾の疑問
 夫婦で自殺をするのに、夫が遺書を書いて、妻は書かない。妻は夫の代わりをさせるか、兼ねさせるというのだろうか。保子が新聞を読むのを聞いていて、信吾はこの点に疑問を持ち、興味を持った。

◇ 菊子が流産をしたことを、信吾が修一から聞かされて
「それは菊子の、半ば自殺だぞ。そうは思わんのか。お前に対する抗議というよりも、半ば自殺だぞ。」 「お前は菊子の魂を殺した。取り返しがつかないぞ。」

作品に出てくる三つの声

◇ 信吾に死期を告知された「山の音」
八月の十日前だが、虫が鳴いている。木の葉から木の葉へ夜露の落ちるらしい音も聞こえる。そうして、ふと信吾に山の音が聞こえた。鎌倉のいわゆる谷の奥で、波が聞こえる夜もあるから、信吾は海の音かと疑ったが、やはり山の音だった。

◇ 昔のあこがれの人の声を夢うつつに聞かせた「海鳴りの声」
 (熱海の宿で、信吾は海鳴りのような遠い音が聴こえ、)
「信吾さあん、信吾さあん。」という呼び声をゆめうつつにきいた。そう呼ぶのは、保子の姉しかない。

◇ 信吾の心を洗いその危機を回避せしめた「天の声」
「うん、わたしもね、自分の女房が自由とはどういうことだと、修一に反問したんだが・・・。 よく考えてみると、菊子はわたしからもっと自由になれ、わたしも菊子をもっと自由にしてやれという意味もあるかもしれないんだ。」

「わたしって、お父さまのことですの?」「そう。菊子は自由だって、わたしから菊子に言ってやってくれと、修一が言うんだ。」この時、天に音がした。 ほうとうに信吾は天から音を聞いたと思った。

 この三つの声の挿話を散りばめたのが、意図したこととは思えないとしても、見事である。(参考 この本の解説 山本健吉氏評)


 

余談:
 背景画像には、作品の中に出てくる寒桜の木を配した。


               
                 
 

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