鏑木 蓮著 
              『思い出をなくした男』



                  
2014-12-25




(作品は、鏑木 蓮 『思い出をなくした男』  PHP研究所による。)


           

 
 本書 2011年(平成23年)3月刊行。

 鏑木蓮:(本書より)
 
 1961年、京都市生まれ。塾講師、教材出版社・広告代理店勤務などを経て、1992年、コピーライターとして独立する。
 2004年、立教学院・立教大学が「江戸川乱歩と大衆の20世紀展」を記念して創設した第1回立教・池袋ふくろう文芸賞を、短編ミステリー「黒い鶴」で受賞する。
 2006年、「東京ダモイ」で第52回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。著書に、「屈折光」「エクステンド」「救命拒否」(以上、講談社)、「白砂」(双葉社)、「見えない鎖」(潮出版社)、「思い出探偵」(PHP研究所)がある。
主な登場人物:

実相浩二郎
妻 三千代
息子 浩志(没)
兄 健一
父親 (没)

7年前に警察を辞し、息子の死で壊れた家庭を再生するため思い出探偵社をはじめる。
・浩志 高1の冬、正義感強すぎが災いして亡くなる。警察は自殺として処理。
・妻の三千代は浩志の死後アルコール依存症に、現在回復しつつあるも治療中。
・父親は元刑事。

橘佳菜子(29歳) 17歳の時両親が惨殺されて以来引き籠もり、3年近く前に思い出探偵社に入社。2年前再び彼女は襲われ、由美のフォローもあって立ち直りかけている。

一ノ瀬由美(36歳)
娘 由真
(11歳)

思い出探偵社の調査員、バツイチ。リアル人生相談でテレビ出演、思い出探偵社のPRにもなっている。

本郷雄高(ゆたか)
(35歳)

2年前に思い出探偵社を抜けて元々志望の役者に転向。浩二郎は抜けた後の人材を捜している。
平井真 見習い調査員。医師免許を持ち、将来は医師になる前に人生経験を積むために3年間の予定で探偵社に。
茶川 浩二郎が刑事時代科捜研の所長として活躍、今は思い出探偵社に何かと協力してくれている。
飯津家先生
第一章 雨の日の来園者
白石貢継(みつぐ) 依頼人。「HAMA遊園」の支配人。閉館記念誌上でこの少年の表情写真を使いたいと。
沢井一臣(かずおみ) 「沢井デザイン」のデザイナー。
第二章 大芝居を打つ男 依頼人は本郷雄高。
佐内忠(ただし) 大部屋から出発、今は台詞のある斬られ役の代表格となった役者。
木俣荘吉 役者の深みを照らし出すと言われる照明監督。
甲斐重三(しげみ) 美術監督。
第三章 歌声の向こう側に
上条裕介 依頼人。昭和39年頃大阪道頓堀の「暖簾」という歌声喫茶で小野田百恵と知り合い、一目惚れ。夢は絵本作家になりたかったが・・・
小野田百恵 船場の紡績工場の寮にいたが、故郷の岩手に戻り良縁を勧められ、上条からの別れの手紙を受け・・・。

岩下泰明
奥さん 悦子
(旧姓 村野)

歌声喫茶「暖簾」に4人でよく通い、岩下は悦子と結婚。
第四章 思い出をなくした男
川津茉希 依頼人。記憶障害を起こした患者の身元引受人に。喫茶コーナーに勤務、「接客態度不可、愛想がない」の会社側の評価。
高丸一郎(仮称) コーヒーに関する専門知識を持ち合わせている交通事故(?)で記憶障害を起こした男。

三崎真佐子
子供 真優美と杏子

千葉の三崎ファームという農園の妻。夫は秀武。

物語の概要:
 図書館の紹介より

遊園地に残された1枚の写真、撮影現場から姿を消した斬られ役…「思い出探偵社」が、人生の謎を解きほぐす。せつなくて懐かしい、乱歩賞作家が紡ぎ出す、ハートフルストーリー。

読後感: 

「思い出探偵社」という一風変わった探偵社が扱う事案は、依頼人の思い出探しを助けるというもの。
“雨の日の来園者”では「HAMA遊園」の支配人白石貢継の、忘れ物の使い捨てカメラに残された少年の笑っているのは、頬と口元だけの何かちぐはぐな表情のフォト。この少年を捜し出して欲しいとの依頼。“大芝居を打つ男”では時代劇の斬られ役の佐内という大部屋の役者が照明監督のダメ出しに姿をくらませてしまった佐内を連れ戻して欲しいという事案。“歌声の向側に”では歌声喫茶で出会い一目惚れをしてしまった女性との仲を諦めて別れてしまった彼女を、40年ぶりに会って一緒に歌いたいので探して欲しいとの事案。お互いの人生がそこには横たわっていた。

“思い出をなくした男”は記憶障害を起こしてしまって、自分がどこの誰かも分からなくなってしまっている男を可哀想と、身元引受人になって面倒を見る川津茉希の依頼事案。就籍手続き(本籍を失った人間が家庭裁判所に申請をして許可が下りれば新たに戸籍を作ることが出来る)に2,3ヶ月はかかる。それまでに二人の間に、頼り頼られる関係が出来て、依頼を取り下げるまでに。

 事案解決にはミステリー的な謎解きも含まれているものの、その背景にある事情をすくい取るハートフルな内容が心を打つ。
 また一方で、探偵社内の調査員たちの個々の生き様が物語の一端を担っていて、一ノ瀬由美、橘佳奈子そして役者になるため退職した雄高の後任に3年間だけという見習いの平井真の今風の青年の言動が巻き起こす波乱に社長の実相浩二郎がどう対処するのかも作品に厚みを増している。
 中でも“歌声の向こう側に”という事案での橘佳菜子と平井真の取り合わせでぶつかり合ったりしながらも佳菜子は一人前に仕事を任せられる自信を取り戻し、真は反発しながらもわざと人間関係を断ち切ろうとしているところから心を通わせる風に変化の兆しを見せる姿が好ましい。

 そして“思い出をなくした男”では交通事故に遭い、記憶喪失で川津茉希に助けられた男と茉希との間に生まれた感情と、家庭のあるであろう男の家族のことを考える一ノ瀬由美と川津茉希との間のバトルは、現実の厳しさを思わせる思いである。
 題名は最後の事案を引いているが、“歌声の向こう側に”は自分としては感情移入が大きかった。
 最初読み出した時はなんとなく読み続けられるかなあと思っていたが、次第に引き込まれていって、こういう作品もいいものだと感じるようになっていた。


印象に残る表現:

・“思い出をなくした男”より実相浩二郎が一ノ瀬由美とのやりとりで
「記憶は一つ一つ過去の事実を補っていけば、繕うことができるだろう。だけど思い出は違う。それは人の気持ちが作るものだ。気持ちが伴ってこそ初めて思い出となるんだよ。私達は思い出探偵だ。それを忘れてはならない」

・“思い出をなくした男”より一ノ瀬由美が川津茉希が男の身元調査を依頼したことを後悔し始めたことに対し、彼の帰りを待つ家族があった時のことを考え、二人のことを思うが故に川津茉希に放つ言葉。
“他人を不幸にしたら、ぜったい幸せになんかなれへん”

   


余談:
 
 読み出しのキッカケが大事だなあと思う。それには新聞広告の言葉であったり、題名の響きであったり、書評に反応して読みたいと思ったりと。
 でも、情報がなんにもなくて、手にとって読んでみて次第に引き込まれていって読んでよかったと思える作品に出会えた時の喜びも捨てがたい。とにかく読み進んでどうにもダメだったらちょっと置いておくこともいいかも。

       背景画は作品の中の「歌声の向こう側に」に出てくるような昔懐かしい歌声喫茶の雰囲気をイメージして。                        

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